人生の幸せは「生涯現役」

  • LINEで送る

今朝、応援団の後輩から電話があり、漸く新しい勤め先が決まったのだと。私より数年後輩だから還暦を過ぎたばかりだろう。母の介護と妻との離婚。本人はそれ以上は話さないが、切実な問題だ。彼は大学のOBOG会の役をしている。彼にはそれが生きがいのようだ。それでもボランティアであり、しょっちゅうOBOG会に関わっているわけではない。私は早く仕事を見つけるようにアドバイスしていたが、なかなか母の介護と両立できる仕事はなかったらしい。
それが「犬も歩けば棒に当たる」だ。いろいろなところでその話題を出していたらしい。人柄はいい人物だ。真面目である。まだまだ60歳前半は頑張ることができる年代だ。思いがけないところから話が来たようだ。
お金のこともあるが、仕事をしていないと認知症が近づいてくる。惚けてしまうだろう。兎に角、良かった。

昨日、石川県と富山県の合同県人寮のOBが集まる「一金会」なる会に出席した。メンバーは50代~60代であるので、定年後の過ごし方の話題が多くなる。もうこの話題は何回も聞いているが「定年後に必要なのはきょういくときょうよう」だという話だ。なるほどその通りだが、これは教育と教養ではない。
きょういくは教育ではなく「今日行くところはあるか?」。きょうようは教養ではなく「今日用事はあるか?」。要するに、スケジュールを埋めるという意味だ。
『囲碁』『スポーツジム』『映画』『博物館』『大学の講座』『図書館』『ゴルフ』とこんなところらしい(私には全く縁がない)。ボランティアでもビジネスでもないから、単なる時間つぶしだ。そんなことは長続きなどしない。時間を埋めるのもだんだん面倒くさくなるだろう。還暦を過ぎたくらいならまだまだ元気だろうから、時間つぶしとお金の一石二鳥でもあり、結局また働くことになるのだろうが、そんな気持ちで働くのもちょっと侘しくはないか。
会社も人手が足りないのだから、まだまだ働ける老人に働いてもらうニーズはあるものの、そんな思いの老人がほんとに役に立つのかどうか。

人それぞれの人生観があるのだから「お金がたんまり有って、働かないで済むなら、働きたくない」という生き方もありとは思うが、それが本当に幸せな生き方なのか。少なくとも私は「仕事=人生」の生き方だから、全く賛同はできない。

生き方、考え方は百人十色で良いが、生涯を通して認知症にならず元気に生きる「PPK(ピンピンコロリ)」は全ての人の憧れるところだろう。私はそのために「生涯現役で仕事(一体不可分のボランティアとビジネスの両立)を全うする」人生でありたいと思う。

最近は切れる中高年が多くなったそうだ。切れ者ならぬ「すぐにカッとする、腹を立てる中高年」だ。車内で喧嘩をする。公共の場で大きな声で怒鳴る、クレームを付ける等々。世の中に不満があるのだろう。
今の還暦は肉体は衰えたりとは言え、昔とは比べ物にならない身体能力を備えている。自らその不満を解決しようと努力することをすれば、とんでもない切れ者にはならないと思うのだが。
もっと中高年は、笑顔で、明るく、前向きに、素直な心で、人の話をよく聴き(相手の立場を理解しながら聴く)、分からないことは謙虚に若者に訊き(答えを明確にするために訊く)、後半生を堂々悠々人生にするべくチャレンジ精神を発揮して生きていってほしいと思うものだ。

小林 博重

  • LINEで送る

SNSでもご購読できます。