人間の幸せの原点に戻ることを忘れない。

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経営コンサルタントの守山淳さんから、終戦記念日に因んで送られてきた雑誌の原稿「靖国神社ってなに?」から抜粋する。
「一億総玉砕」という言葉があります。戦況が厳しくなった時に国民を鼓舞するための言葉でしょうが、国民の幸せのために已む無く始めた戦争であるとせば、その国民が全員玉砕しても闘うぞ、という標語は気が狂っていると言わざるを得ません。

その無謀とも言える戦略の一つに「回天特攻隊」(別名、人間魚雷)があります。劣勢な戦局を打開するために海軍が開発し山口県周南市大津島を基地とした秘密兵器と呼ばれたのが「回天」です。出動命令が出れば絶対に生還はできない人命軽視の作戦でした。
単に「秘密兵器」搭乗員募集との呼びかけに全国400人の若者が志願しました。出撃、訓練、整備などを含め回天に絡んでの犠牲者は145名。その特攻隊員の一人が任務の直前に母親に宛てた遺書が残されています。

「お母さん、私は後3時間で祖国のために散っていきます。胸は日本晴れ。本当ですよ、お母さん。少しも怖くない。
しかしね、時間があったので考えてみましたら少し寂しくなってきました。それは、今日私が戦死した通知が届く。
お父さんは男だから分かって頂けると思います。が、お母さん。お母さんは女だから優しいから、涙が出るのではありませんか。
弟や妹たちも兄ちゃんが死んだといって寂しく思うでしょうね。
お母さん。こんな事を考えてみましたら私も人の子。やはりさびしい。
しかしお母さん。考えてみてください。今日私が特攻隊で行かなければどうなると思いますか。
戦争はこの日本本土まで迫って、この世の中で一番好きだった母さんが死なれるから私は行くのですよ。
母さん。今日私が特攻隊で行かなければ,年をとられたお父さんまで銃をとるようになりますよ。
だからね。お母さん。今日私が戦死したからと言ってどうか涙だけは耐えて下さいね。
でもやはり駄目だろうな。お母さんは優しい人だから。お母さん、私はどんな敵だって怖くはありません。私が一番怖いのは 母さんの涙です」

あの戦争は何だったのでしょうか。日本、日本人を守るための戦いであったはずが人命軽視の回天を開発し志高い若者の夢を奪ったのです。その狂気が怖い。
あの戦争で亡くなった人達は愛する親、兄弟、妻子、恋人を置いて戦地に向かいました。
特攻で散った彼らがどんな思いで突っ込んでいったのか・・・その陰で涙した多くの家族、恋人がいたのか。
この遺書を残した特攻隊員は18歳。文中に12回「お母さん」が出てきます。母親への募る思いは痛いほど伝わってきます。

今の日本の平和はこうした人達の犠牲の上で実現したことを我々は忘れてはならないと痛感させる遺書です。
終戦記念日はこうした多くの犠牲者に感謝をし、二度と戦争を起こさない誓いを立てる日だと改めて思います。

この特攻隊員の文章を読んでいつも目頭が熱くなります。守山さんのコメントは全く同感です。
人間の幸せを追求するはずが、姑息な矜持を守るために意地の張り合いをして、その目的とは真逆な悲惨な結果に至るのだ。
特攻のような極限は決して起こしてはいけない。昨今の世界情勢をはじめとして、私たちの周りの卑近なことも同様だ。

私たちは日々の考動において、絶えず「原点に戻る」ことが如何に大切であるかを忘れてはならない。人間は幸せになるために生まれてきたのだ。

小林 博重

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