2019年 5月 の投稿一覧

仲良きことは幸せである。

金沢は私のふるさとだけあって世間は狭い。
午前に訪問した菱機工業経営企画室北川副部長は、東大応援部と金沢大学附属高校の後輩である北川さんの弟さんだった。北川さんは国土交通省の女性キャリア官僚だ。

同社もOUEN塾の協賛を前向きにご検討いただけるようでありがたいことだ。

午後は、竹原工務店社長の竹原さんと諸々の案件の打ち合わせで、富山に日帰り出張だ。金沢⇄富山は新幹線で20分。あっという間に富山に到着する。

しかし、隣の県はあまり仲がよろしくないようだ。江戸時代は前田百万石だったが、同じ前田藩の仲間というよりも、搾取非搾取という上下関係で考えるのだろう。富山は金沢から見下されているとの思いがあるように思う。国レベルでも韓国や中国との関係も同様だろう。もっと心広くウィンウィンの関係を構築することはできないものか。

人間はあまり賢くない動物のようだ。だから世界で戦争はなくならない。会宝産業さんのように、自社のビジネスが世界平和に通じているとの発想を持てないものか。

金沢土産は品がいいが、富山土産は実質的だ。どちらがいいかという問題ではない。それぞれが個性だ。自分らしい個性に磨きを掛け、お互いが足らずを補うことをすればウィンウィンになるのだと思うのだが。 考えが狭いということだろう。

[OUEN塾in金沢/石川]の仕事を終えて、午後の打ち合わせはMapのビジネスマッチングだ。あともう一つ。富山駅前のスタバでホッと一息。竹原社長を待つ。あとは飲みながらの打ち合わせだ。 こんな打ち合わせが一番楽しい。

小林 博重

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魅力的な石川県

金沢では、今日(5.31)から明後日(6.2)の日曜日までの3日間は「百万石まつり」だ。メインイベントは6月1日の百万石行列だ。前田利家の金沢城入城を祝って行われる。金沢城公園を貫く道路では数日前から有料観覧席設置の作業が行われている。今年の前田利家役は加藤晴彦さん、まつ役は藤本美貴さんだ。

行列は大名行列をイメージしており、衣裳は京都から借りているのだとか。京都の「時代祭」で使用しているものを借りるらしい。時代祭で使用される武家の衣裳を借りるのだろう。

タクシーの運転手さんは、金沢マラソンの時ほどではないが交通規制があり、商売上がったりだと。

昨日は、ウォーキングを兼ねての会社訪問だったが、街行く人たちには多くの外国人がウォーキングしながら観光を楽しんでいる。金沢はコンパクトシティなので、わざわざタクシーに乗ることもないのだろう。外国人でもウォーキングは白人が圧倒的だ。中国人は観光バスで観光することが多いのだとか。さもありなん。

北陸新幹線が開業して、今まで以上に、金沢は、観光のみならず終の住処として人気のあるメインな地方都市になったように思う。

私は、今日は富山に日帰り出張、明日明後日は京都なのでまつりを堪能することができない。残念だ。

妻には、私が金沢に出張している時に金沢をはじめとして加賀と能登の観光を楽しんでほしいと思う。
石川県は、自然のみならず文化面でも魅力的な地方と思う。素晴らしい石川県を堪能してほしいものだ。

小林 博重

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ホップ・ステップの[OUEN塾in金沢/石川]

今日は社長dayだった。訪問は、計画情報研究所の安江社長、浦建築研究所の浦社長、グランファルマの柴田社長、苗加不動産の苗加社長。OUEN塾の進捗状況の報告と情報交換、協賛のお願いだ。
3月にOUEN塾実行委員会キックオフMTGを開催したが、OUEN塾活動を始めて1年以上になる。私のふるさとであることも功を奏しているのだが、1年動くと人間関係もそれなりに構築される。想いも高まってくる。ひとつ回り出せばその回転速度は自ずと速くなる。どんどん雪だるまが大きくなっていくようだ。

OUEN塾の協賛企業20社の目処も立つところまできた。それ以上は増やしても4の倍数24社をアッパーにしたい。

平成30.1.1現在
石川県の人口 1,150,398人
①金沢市 454,416人(39.5%)
②白山市 113,410人( 9.9%)
③小松市 108,583人( 9.4%)
④加賀市 67,993人( 5.9%)
⑤七尾市 53,927人( 4.7%)

金沢市に人口が集中しているが、それでも50万人に満たない。
金沢市、白山市、小松市、加賀市は、いずれも加賀地方である。加賀と能登で構成されている石川県の人口は圧倒的に加賀地方に集中している。 能登地方の中心は七尾市であり、人口は僅かに5万人強である。
どうしても金沢をはじめとした加賀地方の企業数が多くなるのは致し方ないが、OUEN塾は私のふるさとである能登地方の活性化にも貢献したいと思う。能登地方の企業の協賛数は5社を目処に考えたい。

OUEN塾のこれから注力することは、金沢大学を中心とした学生リーダーを10名を目処に8月までに集めることだ。苗加不動産米山さんのお力をお借りして目的を果たしたい。

明日は北陸出張の最終日だ。金沢市の企業訪問の後、新幹線に20分乗って富山市まで日帰りだ。富山空港の活性化サポートも依頼されており、そのための打ち合わせをする。

[OUEN塾in金沢/石川]は協賛企業の目処が立った(ホップ)ことで、次はギアチェンジしてステップ段階に入る。ちょっとホッとしたというところか。

小林 博重

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ふるさと能登を想う。

[OUEN塾in金沢/石川]は第1回開催を来夏(8月のお盆前)に考えている。まずは協賛企業集めだが、20〜24社が目途だが、おおよそ先が見えてきた。 次に学生リーダー10名の募集だ。できるだけ早く集めたい。
福岡・北九州では、第1回の協賛企業集めは、そのマインドを醸成するのに2年強の年月を要したが、金沢/石川は福岡・北九州の実績があったこともあるが、石川県が私のふるさとであることが大きいと思う。予想以上にスムーズに進んでいる。ふるさとのありがたさを実感している。

石川啄木の「一握の砂」を思い出す。

ふるさとの山に向かいていうことなし
ふるさとの山はありがたきかな

金沢、加賀、能登のバランスを取ることができる見込みができてホッとしている。どうしても企業は金沢と加賀に集中しており、私が生まれた能登にも同様な光を当てたいと思っていた。 私は、甲子園の高校野球ではどうしても石川県から出てきた高校を応援する。星稜や遊学館だ。住んでいた期間は圧倒的に東京が長いが、生まれ故郷はまた別格だ。

うさぎ追いし かの山
小鮒釣りし かの川
夢は今も 巡りて
忘れがたき ふるさと

いかにいます 父母
つつがなきや 友がき
雨に風に つけても
思い出ずる ふるさと

こころざしを 果たして
いつの日にか 帰らん
山は青き ふるさと
水は清き ふるさと

「ふるさと」の歌詞は実にいい。曲もまたいい。やはり、ふるさとはいいものだ。

ありがたきかな ふるさと

これも、このようにしてふるさとを訪れたからなのかもしれない。私が今、ふるさとに住んでいないからなのかもしれない。

室生犀星の「ふるさとはとおきにありておもうもの」
は私にとってきっと真実なのだろう。

小林 博重

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「能登はやさしや、土までも」

今日の訪問先(加賀屋とのと共栄信用金庫)はいずれもOUEN塾を前向きにお考えいただけるようだ。私のふるさとであることもあるが、それ以外の人脈も貢献している。以外な人脈がつながり、人脈のありがたみを痛感した。 「縁は異なもの味なもの」であり、「類は友を呼ぶ」ことも真実だと思う。人は大切にしなければならないとつくづく思う。

「能登に生まれた」と言うだけで、能登の人の反応はやさしい。のと共栄の鈴木理事長も財務省の出身で能登以外の地方の赴任も多いとのことだったが、能登の印象は「能登はやさしや、土までも」だとか。優しすぎて自己アピールが甚だ苦手らしい(私も能登の出身なのだが)。

「能登のとと楽、加賀のかか楽」
とも言われる。能登はお母さんが働いてお父さんは酒を飲んで管を巻く。ととが楽する。加賀では甲斐性のあるお父さんはお母さんに芸事を習わせる。かかが楽するのだと。これは結構当たっている。
能登はお母さんが優しく、お父さんを立てるのだろう。坂本冬美の「能登はいらんかいな」と言う流行歌があるが、これはお母さんが海女をして採った海産物を「いらんかいな、いらんかいな」と行商することを歌っているのだ。能登の女は働き者だ。

6時過ぎの鈍行で金沢に帰る。心地よい疲れだ。明日はOUENのみならず、Mapにも関わる案件もある。今日がいい一日だと、それは明日の活力にもなるものだ。明日も今日以上に頑張ろうと思う。

七尾駅中のコンビニでおにぎりとお茶を買って、今日はこれを夕食にしよう。出張するとどうしても酒が進む(東京では接待がない日には酒は飲まないことにしている)。今日は休肝日だ。

今日もいい一日だった。神様に感謝しよう。

小林 博重

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ふるさと能登の活性化に想いを致す。

今日は、15時に加賀屋の杉森総務人事部長を訪問する。[OUEN塾in金沢/石川]協賛のお願いだ。

11時31分金沢発〜七尾行きの普通列車に乗る。新幹線開業のため、金沢〜津幡は第三セクターのIRいしかわ鉄道線、津幡〜七尾は七尾線だ。七尾で乗り換えて七尾線で和倉温泉まで、1時間47分の各駅停車の旅だ。
私が中学生まで育った町は鹿西町(七尾線の駅は能登部)。鈍行しか停まらない駅だ。特急サンダーバードでもいいが、15時までたっぷり時間があるので、能登部駅に停車する各駅停車がいい。この七尾線は高校時代に金沢に下宿していた時、週一か2週間に一度、土日に利用した。高校1年性の時、育ての親である祖父母と別れてホームシックにかかったことを懐かしく思い出す。昭和43年は16歳。ちょうど半世紀前のことだ。 「ふるさとはとおきにありておもうもの」(室生犀星)
だが、このようなふるさとへの回帰もまたいいものだ。多感な青春が脳裏を駆け巡る。

石川県にはひと月に4泊2日出張する。第1回[OUEN塾in金沢/石川]を来夏に開催する予定で、その準備活動として協賛のお願いで石川県の地場企業を訪問する。
どうしても金沢や加賀にウェイトが掛かる。いずれも工業団地があり、県や市が力を入れている。谷本知事は金沢、加賀、能登を均等にお考えとのことだが、私は能登の出身にもかかわらず、恥ずかしながら企業については無知の域を出ない。できれば、私のふるさと「能登」の活性化に貢献したいと思う。

加賀屋さんを終えて、七尾本社の能登共栄信用金庫を訪問する。私の幼少の頃は能登信用金庫だった。合併して現在の名称になった。

「能登はやさしや土までも」

能登の人は優しい。何とか「ふるさと能登」の応援をしたいと思う。能登共栄信用金庫は能登の地域活性化に注力していると聞いている。鈴木理事長にお目にかかって、私が何ができるか、よく考えてみたい。 OUEN塾が「ふるさとに錦を飾る」ものであってほしいと思う。

小林 博重

会宝産業(株)のこと

昨日の最初の会社訪問は金沢市東蚊爪町に本社がある会宝産業(株)だった。
苗加不動産の米山さんのご紹介だ。お会いしたのは、執行役員社長室長の佐藤寧彦さんと学生の窓口であるシステム業務室の安部勇汰さん。

会宝産業は、1969年(昭和44年)創業。事業内容は自動車リサイクル、中古車部品の輸出・販売だ。2006年には石川県ニッチトップ企業に認定された。中古部品の輸出実績は世界90ヶ国に及ぶ。SDG sに対応するビジネスモデルだ。国連の場においても社長が会社の取り組みを発表されたとか。カンブリア宮殿にも出演されたとか。

私は会社の名前の由来を聞いた。「宝」に「会う」と書いて「会宝産業」。
愛すべき宝を守るために、まだ見ぬ宝に出逢うために、同社は静脈産業の旗手として循環型社会の実現を目指す。培ってきた自動車リサイクルのノウハウをベースに、ゴミと呼ばれているさまざまな使用済み製品を資源に変える。そして、世界中のゴミを資源に変えて、美しい環境をつくる。人類の宝である地球という星をキレイにする同社の仕事は、世界平和につながる仕事だ。

それは言葉だけではないと思った。佐藤さんや安部さんの誠実な対応、物腰は、ビジネスを超えた、温かい人間の血が流れている。

OUEN塾は、「世のため人のために」尽くす若者を育てたいと思う。OUEN塾を通して、地域に根ざす企業を知ることにより、そこで息づく温かく熱い人の心を実感すること。そして共にその地域を活性化させ、延いては日本のため世界のため、世界平和のために尽くす人間になってほしいと思う。OUEN Japanと会宝産業のコンセプトは全くもって共通している。 ハナ肇ではないが、「あっと驚く為五郎」だ(このギャグはちょっと古い)。

是非、会宝産業を大学生や留学生に知ってもらいたいと思う。同社に流れる温かく熱い息吹を感じて、人格の陶冶を極める一助にしてほしいと思う。

我がふるさとにこのような品格ある会社があったことに感動した。石川県出身として誇りに思った。

夜は、同じ志を持つツエーゲン金沢GMの西川圭史さん(東大アメフト部元キャプテン)と尾山町の「そばのはな」で一献傾けながら、その感動に浸った。いい一日だった。

小林 博重

昭和の快男児『安藤明』を想う。⑵

野人「安藤明」を知るに及んで、私は『命』『奇跡』について今まで以上に考える。

彼は還暦の歳に昇天した。人生100年時代の現代では、まだまだこれから事を成すことができる年齢だ。しかし、その60年間で誰も成し得なかった歴史的貢献を日本國のために成した。人生は長さではない。どれだけ与えられた人生を「世のため人のために」尽くしたか、その闘魂と実績が偉大な人生であったか否か問われるのだ。

私自身を振り返る。馬齢66年余りを重ねて、果たして私は何をしてきたのだろうか。その実績は何があるのだろうか。決して小市民の人生ではなかったが、さりとて何か「世のため人のために」尽くした実績があるかといったらそうではない。また、その想いも野人「安藤明」の足元にも及ばない。

人生は100年。この意味は、私にとっては100年現役(残り33年余り)で「世のため人のために」生きることだ。そうでしか、「私が生きた証」があるとは思えないのだ。

人は生きているだけで人のためになっているとも言われる。ある意味でこれは一つの真実であり哲学だ。そして私はまだその域には達していない。しかし、その域に達したいとは思わない。私は仕事の最中に息絶える人生でありたいと切に願うものだ。

66年何も成してこなかった私ができることは、これからの34年の現役人生で「世のため人のために」生きて、その実績を挙げることだ。そのためにも命を大切にして誰にも負けない努力精進を重ねることだ。人は人それぞれ天から与えられたミッションがあるのだから、それを果たして天に召されるべきなのだ。

野人「安藤明」に巡り会うことができたのは、彼のお孫さんの安藤裕美さんとの出会いがあったからだ。彼女には何か分からないがオーラがある。それは野人「安藤明」の血が彼女に流れているせいなのかもしれない。私は彼女に会って、『奇跡』という言葉が頭から焼き付いて離れなかった。さだまさしの『奇跡』という歌をYouTubeで何度も聴いた。そして、お祖父様の安藤明さんにたどり着いたのだ。

メンターとは、人生における「指導者」「助言者」「教育者」「理解者」「支援者」のことを指す。私には一人ならずメンターがいるが、野人「安藤明」は私にとって最高最大のメンターの一人だろう。その生きざまを肝に銘じておきたい。

小林 博重

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1票の重み

昨日、4月21日の港区区議選で私が投票した石渡ゆき子さんが当選のご挨拶に見えた。石渡さんは、朝倉幹晴さん(東大応援部後輩、船橋市議会議員)の紹介で、無所属新人で区議選に立候補した。結果は最後の一枠に滑り込みセーフ。1票差での綱渡り当選だ。地方議会議員選挙ではこんなことが日常茶飯事なのだろうか。私が投票した候補者では初めてだ。1票で天国と地獄とは、人生は厳しいものだ。

これは選挙に限らず、人生至るところであることだ。その事実が公にされていないだけだ。試験の点数は正規分布になるだろうから、合否ラインに多くの受験生が集まっている。1点差で当落が決まるのだ。それは当たり前のことで、それが人生なのだ。

「天国と地獄」という。当選者や合格者は天国、落選者や不合格者は地獄だ。しかし、長い人生から考えると、決してそうではない。当否(合否)がスタートなだけで、それからどのような人生を歩むかによって天国と地獄が決まる。要は考え方なのだと思う。

松下幸之助さんはどんな時でも「私は運がいい」「順境よし、逆境なおよし」が口癖だったとか。全ては天が与え給うた試練なのだとか。天は人をこの世に送り出すとき、人それぞれに相応しい「人生のミッション」を与えるのだ。それは、「善かれかし」という宇宙の大流に沿ったミッションなのだ。天は悪いようにはしない。全ては善かれかしなのだ。それは順境であるときも逆境であるときもある。人間が成長するのは順境よりも逆境のときだ。だから幸之助さんは「逆境なおよし」と言われる。

石渡さんは1票で天国(順境)だったが、これから彼女の真価が問われるのだ。1票の重みに心して、頑張ってほしい。
更なる健闘を祈る!!!

小林 博重

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昭和の快男児『安藤明』を想う。

昭和の日本にこんな爽やかな野人がいたのか。知れば知るほど、その器量の大きさと人間の迫力に強烈に惹きつけられる。その人は『安藤明』。この1月に巡り会った安藤裕美さんのお祖父様だ。裕美さんにオーラを感じたのは、もしかしたらお祖父様の霊だったのかもしれない。私のこれからの生きざまに強烈なインパクトを与えてくれた。ご縁とはそういうものだ。

私は稲盛和夫さんを私淑する者だ。経営は当に人生であり、経営を極めることは人生を極めることだ。経営は利を追求するだけの殺伐としたものではない。経営は経営者の生きざま、人生哲学がそのまま反映されるものだ。人間如何に生きるべきかが経営にそのまま現れる。
松下幸之助さん然り、本田宗一郎さん然り。経営のカリスマは皆オーラがある。彼らはその底辺に「世のため人のために生きる」というピュアで深淵な理念を持っている。経営における成功者はすべからくそのような哲学を持っており、その哲学を不退転の決意を持って、ネバーギブアップ精神で行動に移している。 昨今の政治家は世のため人のためと叫んでいるが、それは口ばかりの輩が殆どだ。私は経営こそ世のため人のためと思うものだ。

その私が、野人『安藤明』の生きざまに惹きつけられた。彼は経営の才は天才的なものがあったにせよ、経営の成功者とは言えないだろう。しかし、先の大戦において完膚なきまでに叩き潰された我が日本國を、たった一人で守ったと言っても過言ではない日本の救世主だ。
彼が鬼籍に入ってからやっと、彼の偉大なる日本への功績が人の知るところとなった。しかし、彼の成したことは歴史的快挙であるにもかかわらず、決して教科書に載ることはないだろうと思う。

私はこれこそ利他無私の極みではないかと、彼に関する書籍を読んで目頭が熱くなった。この人物こそ利他無私の人だ。

歴史に名を残す政治家や経営者だけが偉大なのではない。今の政治家を見よ。立身出世や財を成す人の中には心が貧しい人は少なからず存在するのだ。 偉大なる人間とは、成功者とは言われなくとも「確固とした理念と、その実現のために不退転の決意を持って行動した」人ではないのか。

私は傑物『安藤明』の足元にも及ばないが、私の天から与えられた能力を余すことなく発揮することで、世のため人のために尽くしたいと思う。

『安藤明』に関する書籍
☆"敗戦日本"を守った男 安藤明の生涯
[厚木事件]の真相
☆にっぽんの敗けっぷり
マッカーサーと安藤明
☆昭和の快男児 日本を救った男 安藤明

小林 博重

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