2019年 4月 23日の投稿一覧

金沢大学訪問

今日の金沢は昨日同様快晴の1日だ。早朝のウォーキングの時から気温はぐっと上昇し、5月半ばを思わせる。

午前は角間の金沢大学秘書室を訪ねて、OUEN塾in金沢の概要を説明した。OUEN塾の開催時期は、8月上旬の試験が終わった頃、お盆前がいいとの高島秘書のお話し。年末までには来年度の予定が決定するとか。金沢市片町の「学生の家」を押さえる都合がある。半年前だから問題なしと思う。また、学生リーダー募集も協力すると。苗加不動産中心に、早速金沢大学生の募集を開始したい。 金沢工業大学の学生リーダーは実行委員会顧問の水野元副学長教授と5月訪問の折にご相談しよう。

金沢の皆さんは、まだまだOUEN塾が見えていないこともあり、協賛企業や学生が集まるか不安があるようだ。
私は福岡・北九州で2回開催しているので成功の確信はあるのだが、皆さんそのように思うのは無理ないことかもしれない。人はやったことがないことは不安があるものだし、一番はそのことに対するパッションの有無だ。言い出しっぺの私と、そうでない皆さんとは想いのレベルが別次元で差があることは致し方ないことだ。全て世の中はそんなものだ。

これから、金沢事務局長のツエーゲン金沢の西川GMとMTG。その後、浦建築研究所の浦社長に協賛企業候補紹介
のお願いに行く。
多くの皆さんのご支援があっての成功であり、実行委員の皆さんには、年末までのま9ヶ月、心からのご支援とご鞭撻をお願いしたい。

小林 博重

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犀川縁のウォーキング

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春の犀川縁で早朝ウォーキングを楽しむ。

昨夜は片町2丁目の小料理屋「富来」で、春の山菜や海産物と美味なお酒を堪能した。
富来は奥能登の海辺の町の名で、私が生まれた中能登町と隣接している。松本清張の「ゼロの焦点」のラストシーンにもなった能登の巌門がある町だ。 ご主人は若い頃、海外航路の船乗りで、船内の厨房を仕切っていたらしく、料理の腕は抜群だ。女将さんは金沢の人で、金沢弁が心地よい。 昨年の11月以来だが、年賀状もいただき、私の顔も覚えていらした。焼酎のボトルもまだあった。
金沢で能登を思い出す。ふるさと能登に帰ったようだ。人はこんなことで感激感動する。単純で複雑な動物だ。

今朝は、5時に目覚めて、犀川縁を上流に向かってウォーキングした。1時間上ってUターンして返ってくる。
4月早朝の犀川縁は、まだ肌を刺す冷たさを感じる。体の芯がピリッとする。5時では人は疎らだが、6時過ぎからウォーキング、ジョギングを楽しむ人たち、ラジオ体操をする高齢者の人たちで、河川敷は賑わう。 北陸の小京都とも呼ばれる金沢だが、そうではない。金沢は金沢で北陸において独自文化を築いてすくっと立っている。金沢にはプライドがある。そんな街だ。

人生100年(私個人は120年)を考える。その半分以上が過ぎたが、後半分近くが残っている。世のため人のために尽くさなければならないと思う。そのために何よりも健康に留意しなければならない。これは意を以て拘る、人生後半戦に必須なテーマだ。 ウォーキングも「世のため人のため」なのだ。私の身の周りに起こることに対することは、世のため人のためにどう処するかということだ。 人生の大望はその想いがないと成し遂げられない。

小林 博重

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私のミッションと健康について

[OUEN塾in金沢/石川]のイメージを考える。

⑴開催時期は、来夏の大学の前期試験が終了した直後を予定。2020年7月か。
⑵訪問企業数は、20社を目途(協賛企業数は、訪問企業数+α)。マイクロバス1台2日で4社訪問。マイクロバスは合計5台。
⑶参加学生数は、マイクロバス1台に15名の学生が乗車するとして、15名×5台=75名が目途。
⑷金沢の学生リーダー数は、10〜15名。東京と福岡・北九州の応援リーダー数は、10名程度。リーダー数は合わせて20〜25名。 ⑸参加募集学生数は、75-(20〜25)=50〜55名。
⑹年末までに、協賛企業の目処をつける。金沢の企業を主として、加賀と能登の企業。ニッチトップ企業に焦点を当てる。
⑺同じく、学生リーダー募集も年末を目途。金沢大学と金沢工業大学の学生が中心。
⑻参加募集の対象大学は、石川県の大学全て。東京からのUターン学生も考える。
⑼参加学生募集時期は、来年4〜6月の3ヶ月間。
⑽実行委員の皆さんには、進捗状況をタイムリーに報告し、協力を仰ぐ。

福岡・北九州のタイムスケジュールをベースに考えると、ざっとこんなところか。福岡・北九州は来年2月に第3回を開催する予定なので、並行して進めなければならない。加えて、福女大、福工大、北九大のOUEN塾の準備活動もある。結構フルフルだ。

このOUEN塾活動が、OUEN Japanでの私のミッションだが、もう一つ、独立以来のマッチングビジネスがある。この二つは一体不可分の関係であり、バランス感覚を持って日々の活動を考えなければならない。

66歳、生産年齢を卒業した身としては、これらハードな活動を続けることを考えると、健康でなければ何もできないと思う。
この前、丹羽真清さんと安藤裕美さんと会食したおり、食ビジネスに関わるお二人が野菜のお話しをはじめとして、人生100年時代と健康寿命の話に花が咲いた。
人生100年と言っても健康でなければ何の生きている意味があるのかと思う。私は悠々自適でこれからの人生を生きるという選択肢はない。私のミッションは、仕事をすることなのだ。それであれば、誰よりも自らの健康のことを考えて身体に良いことを心がけて実行しなければならないのだ。健康を維持することは、世のため人のためなのだ。そのことを強く感じるようになった。

ベジタブルファースト、食事はゆっくり、よく噛んで食べる。好き嫌いしない、等々。お国のためと思ってこれからは健康に一層留意したいと思う。

小林 博重

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