2019年 4月 18日の投稿一覧

穏やかな春の一日、ウォーキングを楽しむ。

今日のアポイントは午前中の一件だけ。昼前から3時間のウォーキングを楽しんだ。コースはいつもの靖國神社ではなく、目黒の自然教育園往復だ。外苑前→表参道→根津美術館→恵比寿→広尾→目黒自然教育園→六本木→外苑前。

今日は早足でウォーキングするとじわっと汗ばむ。穏やかな日差しを受けて春真っ盛りの一日だった。
自然教育園は、来園者は疎らだ。殆どがシニアで、カメラで草花を撮影している。個人、団体とも私以上の年齢の人々ばかりだ。
私も受付で「シニアの方ですか。年齢を証明できるものをご提示いただければ入園料は無料です」といわれ、生年月日が記入されていた病院の診察券を見せて入園した。ありがたいと思う反面「私も老人になったんだ」とちょっと寂しい気になった。 私と同年代の熟年連中は、このような後半生を送っているのだ。私のぶらぶらウォーキングとはわけが違う。

私は仕事に明け暮れる毎日だが、今のままの仕事に追われる日常がいい。24時間、頭が休まる暇はないが、責任ある仕事をしているとボケない。チコちゃんではないが「ボーっと生きている」ことはない。仕事は認知症の特効薬だ。飲まないでいい特効薬だと思う。

本音をいうと、この歳になると若さが羨ましいと思うこともある。年齢は戻らない。精神は若くあっても実年齢は如何ともしがたい。 ⑴痛風、⑵高血圧、⑶50肩、⑷花粉症(こちらはピークを過ぎて服薬していない)
薬は増えることはあっても減ることはない。痛風と高血圧の薬は生涯飲み続けなければならない。

しかし、年の功で、若者よりも世の中を渡る術は若い頃より長けてきたことはありがたいことだ。心が襞が深くなった分、確固として味のある純粋さになる。その意味で、もう若い頃には戻りたくないとも思う。

平成・令和の10連休は、どこも行く予定はなく、ウォーキング三昧の連休になるだろう。少し太ってきて、今までのベルトの穴ではきつくなってきた。歳を考えた食事の量と運動に有意注意しなければならない。「思い立ったが吉日」だ。早速今日から実行しようと思う。

小林 博重

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有意義で楽しい会食

昨夕は、日本橋たいめいけんにて、デザイナーフーズ丹羽社長と安藤裕美さんとの会食をした。丹羽社長はデリカフーズホールディングス前社長であり、野菜をはじめとして、食が「人生100年時代」を幸せにする一大要素であるとの確固とした哲学を持っていらっしゃる方だ。「哲学がないと経営をしてはいけない」との信念をお持ちの素晴らしい女性経営者だ。私が尊敬する経営者のお一人だ。 安藤さんには、丹羽社長から多くの気付きや刺激を受けていただきたいと思ってのセッティングだ。

安藤さんにお会いになった丹羽社長のファーストインプレッションは「あなたにはオーラがある」と。素晴らしい褒め言葉だ。
経営者をはじめとした、人の上に立つトップリーダーは、理由のないオーラがなければ一流にはなれない。その素質が安藤さんにはある。
夕食を共にしながら、リーダーのあり方、飲食業界のこと、人生100年時代の話、21世紀の女性の生き方、等々。私も大いに刺激を受けた。やはり、組織を束ねて想いを形にされてきた実績は、人を納得させる。私のような一匹オオカミとは訳が違う。有意義で楽しいひと時を過ごした。

丹羽社長は「人との出逢いは偶然ではなく、必然なのだ。こんな人に逢いたいと、自分が自覚している顕在的だけでなく、心の底の潜在意識にある想いが、逢いたいと思っている人に逢わせてくれる。神さまはいつも全てを見ている。だから絶えず考え想うことが大切だ。人生に偶然はない」と。

思い続けることが創意工夫を生み、その夢を叶えさせてくれる。念ずれば叶う。応援してくれる人たちもたくさん周りに集まってくれる。 森信三翁も「人間は一生のうち逢うべき人には必ず逢える。しかも、早過ぎず、一瞬遅過ぎない時に」とお話しになっている。

さだまさしの歌『奇跡』を聴く。人との出逢いは奇跡であるが、それは必然でもある。因果応報、情けは人の為ならず。全てが己自身から発したもののお返しだ。生涯努力精進することが自らに幸運を呼び込むのだ。

小林 博重

森信三翁の箴言

いったん決心したことは必ずやり抜く人間になることです。

できないというのは本当にする気がないからです。

己を正せば、人はむりせんでもおのずからよくなっていく。

一生の志を立てることが根本です。つまり自分の生涯を貫く志を打ち立てるということです。

すべて物事というものは理想すなわち最終目標をあらかじめはっきりとつかんでいないことにはとうてい本当のことはできない。

結局最後は、『世のため人のため』というところがなくては真の意味で志とは言いがたい。

人間は徹底しなければ駄目です。もし徹底することができなければ、普通の人間です。

自分の当然なすべき仕事であるならば、それに向かって全力を傾け切るということは、ある意味では価値ある仕事以上に意義がある。

自己に与えられた条件をギリギリまで生かすことが、人生の生き方の最大最深の秘訣である。

人間は一生のうち逢うべき人には必ず逢える。しかも早過ぎず、一瞬遅過ぎない時に。

人間の偉さは才能の多少よりも、己に授かった天分を生涯かけて出し尽くすか否かにあるといってよい。

感激とか感動とかいうものは、その人の魂が死んでいない何よりの証拠です。ですから、われわれ人間は感激や感動のできる間はまだその人は進歩する可能性を持っていると言ってもいいでしょう。

人間の値打ちというものはその人が大切な事柄に対して、どれほど決心し努力することができるかどうかによって決まる。

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