今日は先週と同じコースをウォーキングした。桜はピークを過ぎて、少し葉桜になっている樹もある。花の命は儚い。人生100年時代になった。66歳は春夏秋冬でいえば白秋の時代だ。朱夏の盛りは過ぎて、そろそろ老境に差し掛かっている年齢だ。人生現役100歳、健康寿命100歳と行きたいものだ。あと34年の現役生活の夢を追いかけながら、2時間半のウォーキングを楽しんだ。

心の友とラインで人生観を語り合う。
松下幸之助さんの口癖だった「私は運がいい」の箴言に会話が弾む。幸之助さんは丁稚奉公の時、河川で乗っていた小舟が転覆して九死に一生を得たそうだ。何と不運なことかと思いきや、幸之助さんは「命が助かって良かった。実に私は運がいい」と不幸な出来事を運がいいと陽転思考をしたのだ。

私も心からそう思う。私は44歳で銀行を辞めて、何の看板もなしに後半人生をスタートした。先を読んで辞めたのではない。行き当たりばったりだった。どん底に突き落とされた時は「何でこんなことに」と自分を恨んだこともあったが、恨んで前が明るくなるものではない。地道にコツコツと、薄皮を剥がすように、少しずつ自分らしい道を開いて今日に至った。人は独りでは何もできない。自分しか自分自身の道を開くことはできないが、そこには私を支えてくれた多くの人たちがいる。その人たちは、私のどん底を分かって支えてくれた人だ。 今は「去る者は追わず、来る者は拒まず」から「去る者は追わず、来る者は拒まないが選ぶ」ようになった。もちろん、上から目線ではない。「類は友を呼ぶ」からだ。
50歳で私の人生は一転した。180度変わった。それからの人たちが私が信頼できる人たちだ。私が銀行を辞めなかったら知り合いになっていないだろう人たちだ。銀行を辞めて後悔したこともあったが、そうではない。辞めていなければ、私が信頼できる人たちに出会うことはなかったと考えると、私は運がいいと思う。 人生は一本道だ。二股かけることはできない。その意味で要領は人生で幸せの要素ではないと思う。誠実さ、謙虚さ、感謝の心が幸せの要素なのだ。

そんなことを心の友と語り合う。
運がいい人生を自らのものにするには、その人の「弛まない努力精進」が不可欠だ。「運がいい」ことは幸せの必要条件だが十分条件ではないからだ。

明るく前向きに、努力精進を日々重ねて、幸せの正道を歩みたく思う。

小林 博重

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