人生四方山

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NHKテレビの『チコちゃんに叱られる』で、「年齢によって1年が長く感じたり短く感じたりするのはどうして?」という質問があった。実際、私も1年が昔よりずっと短く感じる。
その回答は、「若い時は身の回りに起こることが初めてのことの連続で感動の連続なのだが、年齢を重ねるとその感動が少なくなってくるから」なのだそうな。これは学問的にもそうなのだとか。

しかし、果たしてそうか。少なくとも私は日々感動の連続の毎日で、若い時にはそれ以上の感動の連続だったかというとそうでもないと振り返って思う。 私の理屈は「今まで生きてきた人生の長さとの比較で、高齢になると1年の比率が小さくなるからなのではないかと確信している。
私は1ヶ月タームで活動し1年タームで考えることが多いので、あっという間に1ヶ月、1年が経ってしまう。この調子でいけばあと34年(100歳まで)もあっという間かもしれない。人生はとても短いと思う(だからこの歳になって回り道はできないと痛感している)。

人生66年を振り返って、節目節目に感動があった。たくさんの感動の中にも、決して忘れることができないことがいくつかある。我が人生を形作ったエポックメーキングなことである。 ⑴進学、⑵就職、⑶結婚、⑷転職、⑸起業
全て連続していて関係性があるが、その中でも私にはやはり⑶の結婚が他の4つより頭1つ2つ以上に飛び抜けているように思う。
昨今は、結婚しない人や離婚する人は当たり前の時代だが、40年前は当然結婚するものだと殆どの人が思っていたと思うし、その結婚で人の幸不幸は殆ど決まるような時代だったような気がする。
還暦を過ぎても気持ちだけはまだまだ青春であるような人生を送っているのは、私にとって最高の幸せであり、その自由気儘な人生をさせてくれている妻は私にとって決して2人といない人のような気がする。

21世紀はダイバーシティの時代だ。ダイバーシティは一人ひとりの個性を大切にするということだ。
私は一般的な東大卒と比べて、比較することが10あったとしたら殆ど劣っていると素直に自覚している。しかし、1つことは誰よりも秀でている、これは決して負けない、負けてはならないと思うところがある。 9つが劣っているが、優っている1つを最高に活かそすために、9つの謙虚が不可欠なのだと思うようになったような気がする。当然、感謝の心も湧いてくる。

松下幸之助さんに「順境よし、逆境なおよし」との箴言がある。「順境」はともすれば驕り高ぶり高転びに転ぶことになるやもしれず、これが逆境に陥る入口かもしれない。逆境は真の逆境にあらず。逆境で人は成長する。人間の成長には謙虚と感謝が不可欠な所以である。 私など普通の人間は、逆境の連続でしか人間を磨くことはできないと思う。なまじ優等生でなかったことが幸せの入口を見つけることができたのだと思う。

好きなことを生涯続ける幸せのお返しに、その自由気儘を許してくれている妻をはじめ全ての人たちに恩返しをしなければならないと思う。利他の追究には終わりはない。

市原悦子さんや樹木希林さんは、お二人とも生涯現役で人生を全うなさいました。最高の人生と思います。なかなか、思っても生涯現役とはいかない。
人生100年時代といっても寝たきりや認知症やで、人さまのお世話になるのが殆ど。生きているだけでいい。育ててくれた親だから、その面倒は見てもらう人生を少なくとも私は送りたくない。まだまだ達観できる心境にはなることができない。

稲盛和夫さんは今年で盛和塾を閉じる決断をされた。稲盛哲学は稲盛和夫さん一代で終わり。それは当然のこと。
では、OUENはどうするか。あと4年。従心の70歳までには方向性と具体的形を作らなければならないと思う。

小林 博重

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