66歳の誕生日に思う。

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今日は私の66歳の誕生日です。春夏秋冬、人生は白秋の後半に差しかかろうとしています。秋と言えば、「実りの秋」。人生の集大成として、そろそろ地に足を付けて自分なりの果実を実らせなければなりません。
人生100年時代とは言っても、わが命、いつ命運が尽きるか分かりません。これから従心(70歳)までの4年間は、心落ち着けて、たわわな果実の見える化に取り掛かる期間にしたいものです。

66歳の最初の1日。3時前に目覚めました。最近は、超早寝早起きになりました。老人の域に入ったということでしょうか。私にはこの早暁が、反省と決意のひと時として、とても貴重な一日の時間になっています。

よく66年生きてきたなと思います。人生100年、まだまだだと思う反面、そろそろ実りの秋にしなければと、持てる時間の短さに焦る自分がいます。
五十肩がなかなか治らない。50歳前後にも五十肩になったのですが、その時よりも病状は長く辛く感じています。これも老化の一つなのでしょうか(五十肩は必ず治ると言われます。その時まで気長に待とうと思います)。 他に、痛風と高血圧の薬を飲用しています。いずれも発症には至らず、至って健康的な日々を送っています。
昨日は13,000歩でした。特に意識しなくても、営業で外出する日は一万歩以上の歩数になります。出張する週はいつも13,000〜20,000歩くらいになります。早足、大股、これは意識して励行しています(単なる歩数稼ぎでは健康には何も貢献しません)。

せっかちなところは若い頃と変わりませんが、少し我慢ができるようになりました。アンガーマネジメントでは、6秒我慢せよと言っています。ウルトラマンやカップ麺は3分ですが、たった6秒ですから実行は容易いことです。6秒我慢すると不思議なことに怒りは収まります。怒っても争ってもいいことは一つもないことを馬齢を重ねて漸く分かりました。

清濁併せ呑むことは、いい加減になると言うことではありません。清が濁と混ざると清は濁って清でなくなるのではありません。清は濁を知ることにより、一層清(きよ)い清(せい)になるのです。濁を知ることで、清い清になるのです。
濁は濁で使い道はあります。人を生かすと言うことはそんなことなのではないでしょうか。そう考えると、濁に染まらず清でいることはさほど難しいことではないと思うようになりました。これは“若気の至り”でよくぶつかっていた頃より一段の進歩のような気がします。

白鳥は哀しからずや
空の青
海の青にも
染まず漂う

私は哀しい白鳥ではなく、より純粋な、逞しい白鳥になりたいものだと思います。

小林 博重

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