2018年 11月 8日の投稿一覧

後半人生を生きる箴言(元京大総長 平澤興先生の言葉)

何歳まで働くことができるのか、神のみぞ知ることですが、平澤興先生(元京大総長)の箴言には勇気付けられます。

60代に入ると、一応還暦を済まして、いよいよ20年の精進がいる。
70歳で新しい人生を開き、80歳になって人生の頂点に達する。
80歳で第3の人生が始まる。本当に人生を楽しむのは80歳からである。
90歳まで生きないと、本当の人生は分からない。
75〜76歳から85〜86歳が、一番伸びる時である。

小林 博重

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稲盛和夫さんの箴言

66歳の誕生日に当たり、稲盛和夫さんの箴言を改めて心に刻みます。

人間は自らの心を高めるために働く。

人のために尽くすことが人をつくる。

神様が手を差し伸べたくなるほどに一途に仕事に打ち込め。そうすれば、どんな困難な局面でもきっと神の助けがあり、成功することができる。

充実した人生を送るためには、「好きな仕事をする」か「仕事を好きになる」かのどちらかしかない。

利他の心で判断すると、「人に良かれという心」ですから周りの人みんなが協力してくれます。また、視野も広くなるので正しい判断ができるのです。

よい仕事をしていくためには、自分だけのことを考え判断するのではなく、周りの人のことを考え、思いやりに満ちた利他の心に立って判断すべきです。

小林 博重

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早朝の鹿児島本線鈍行列車に乗って、

6:09博多発、7:41小倉着の普通電車に乗りました。北九州市立大学訪問は9:30ですが、1時間半の鹿児島本線鈍行列車の旅もいいものです。 福岡の日の出は6:41。日の出までにはまだ30分近くあります。

今日は小倉の北九州市立大学訪問。9時半から国際化支援室との打ち合わせです。
北方キャンパスは文化系学部のみなので、折尾のひびきのキャンパスの工学部や工系大学院の学生へのOUEN塾参加募集についてもご協力いただくお願いをしなければなりません。 12時からは北九州の学生リーダーの皆さんとランチミーティングを1時間。
その後、黒崎の三井ハイテックを訪問し、OUEN塾協賛のお願いをします。
これで協賛企業は全て固まり、これからは学生リーダーが中心に、企業との打ち合わせと参加学生の募集活動になります。

鹿児島本線で博多⇆小倉の列車に乗ると、いつも思うのですが、私には福岡と北九州の間は、私のふるさとである石川県(金沢市)と富山県(富山市)のようなものだと感じます。
石川県と富山県の県境は小高い山波で区切られていて、その象徴が倶利伽羅峠です。博多⇆小倉は地形以外の大きな山河があるように思います。それぞれの住人の方々も同様な思いがあるのではないでしょうか。ただ後者は同じ福岡県だという県民意識があり、OUEN塾のイベントを開催するにあたり、この県民意識が救いになっていますが。

第2回のOUEN塾は、福岡市に加え北九州市が加わったことが意味ある変化ですが、何よりも福岡県と福岡市、北九州市が学生の訪問を受け入れてくれたことが第1回との最大の相違点です。自治体のご協力はよっぽどのことだとの評価は、日頃から自治体とのお付き合いをしている団体の意見です。私など、そんなものかとそれほどのこととは思いませんでしたが、世間はそうなのです(日本にはまだまだ官尊民卑の思想が根強く残っているのです)。

北九州の学生リーダーの皆さんとの打ち合わせは私にはとても楽しみです。福岡の学生リーダーとは違い、まだ名前もしっかり覚えていない人もいます。学生リーダーの皆さんにとっても、私に対してはちょっと遠慮があるところもあるでしょう。 その意味でも、たった1時間の打ち合わせですが、心と心をつなぐためには大変意味があることです。

私は66歳。学生リーダーの皆さんは18〜21歳ですから、45歳以上の歳の差があります。彼女たちにとってはおじいさんとの会話だと考えると、同じ気持ちでイベントに関わることが不思議な気持ちにもなります。 彼女たちから若さをいただくことをありがたいと感謝する心でいっぱいです。

博多では車内は乗客は疎らでしたが、7時を過ぎ、北九州市に近づく時間になると、勤め人や学生で席は埋まり立っている乗客も増えてきました。この辺から北九州市の通勤圏なのでしょう。

小倉駅構内の立ち食いのうどん屋で小倉のうどんを食べて、モノレールで北九州市立大学に向かうことにしましょう。

小林 博重

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66歳の誕生日に思う。

今日は私の66歳の誕生日です。春夏秋冬、人生は白秋の後半に差しかかろうとしています。秋と言えば、「実りの秋」。人生の集大成として、そろそろ地に足を付けて自分なりの果実を実らせなければなりません。
人生100年時代とは言っても、わが命、いつ命運が尽きるか分かりません。これから従心(70歳)までの4年間は、心落ち着けて、たわわな果実の見える化に取り掛かる期間にしたいものです。

66歳の最初の1日。3時前に目覚めました。最近は、超早寝早起きになりました。老人の域に入ったということでしょうか。私にはこの早暁が、反省と決意のひと時として、とても貴重な一日の時間になっています。

よく66年生きてきたなと思います。人生100年、まだまだだと思う反面、そろそろ実りの秋にしなければと、持てる時間の短さに焦る自分がいます。
五十肩がなかなか治らない。50歳前後にも五十肩になったのですが、その時よりも病状は長く辛く感じています。これも老化の一つなのでしょうか(五十肩は必ず治ると言われます。その時まで気長に待とうと思います)。 他に、痛風と高血圧の薬を飲用しています。いずれも発症には至らず、至って健康的な日々を送っています。
昨日は13,000歩でした。特に意識しなくても、営業で外出する日は一万歩以上の歩数になります。出張する週はいつも13,000〜20,000歩くらいになります。早足、大股、これは意識して励行しています(単なる歩数稼ぎでは健康には何も貢献しません)。

せっかちなところは若い頃と変わりませんが、少し我慢ができるようになりました。アンガーマネジメントでは、6秒我慢せよと言っています。ウルトラマンやカップ麺は3分ですが、たった6秒ですから実行は容易いことです。6秒我慢すると不思議なことに怒りは収まります。怒っても争ってもいいことは一つもないことを馬齢を重ねて漸く分かりました。

清濁併せ呑むことは、いい加減になると言うことではありません。清が濁と混ざると清は濁って清でなくなるのではありません。清は濁を知ることにより、一層清(きよ)い清(せい)になるのです。濁を知ることで、清い清になるのです。
濁は濁で使い道はあります。人を生かすと言うことはそんなことなのではないでしょうか。そう考えると、濁に染まらず清でいることはさほど難しいことではないと思うようになりました。これは“若気の至り”でよくぶつかっていた頃より一段の進歩のような気がします。

白鳥は哀しからずや
空の青
海の青にも
染まず漂う

私は哀しい白鳥ではなく、より純粋な、逞しい白鳥になりたいものだと思います。

小林 博重

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