昨日は御茶ノ水の全電通会館にて田中真澄先生の講演会があり、妻と私のメンターでもある水谷歩さんと3人で拝聴しました。
田中先生のパルス出版主催の講演会は15年間続きましたが、先生も84歳と高齢になられ、今回の講演会が最後となりました。約400名の田中真澄ファンが集い、最後のお話に感慨深く聴き入りました。

演題は「臨終定年」〜人生後半の生き方〜でした。
私が田中先生に初めてお目にかかったのは、私が安田信託人事教育部に赴任した30歳の時でしたから36年前になります。新入社員研修の講師として、その時の上司であった川上健二さんが田中先生をお呼びになったのです。

当時(昭和59年頃)は金融自由化が叫ばれた走りの頃で、信託機能に注目が当たり始めた、言わば「信託の時代」でした。信託は金融のみならず公序良俗に反しないものであれば何でも信託になると言われ、文化系の学生はもとより、建築系や数学系の学生のみならず、化学や物理などの金融とは全く関係がないと思われる理科系の学生も入社を希望する時代でした。
そんな安田信託に入社したての新入社員には田中先生の講演はあまりにも刺激的でした。私にとっても同様です。これから60歳までの40年近くを安田信託銀行で働き骨を埋めようとしている若者にとって相応しい話の内容かどうか、私は少しの戸惑いがありました。

あなたの辞書から「余生」という言葉を墨で消して「終身現役」という言葉に変えなさい。
サラリーマン根性を捨てて、オーナー魂を持って生きなさい。寄らば大樹の陰ではダメ。一本独鈷の人生を生きることが人生成功の秘訣である。
サラリーマンは労働基準法に守られているが、そんなことでは成功は覚束ない。オーナーやその家族には労働基準法の適用はない。その特典を最大限に生かすことだ。サラリーマンもその精神を持って仕事に取り組まなければならない。
能力には3つある。それは、⑴知識と⑵技術と、それに一番大切な⑶考え方である。日本の大学をはじめとした教育機関は⑴と⑵しか教えていない。一番大切な⑶考え方こそが人を造るのだ。 ⑶考え方は、①努力コツコツと②しつけである。
②しつけは、挨拶と返事と後始末。
おはよう、ありがとうという挨拶をしているか。
人に呼ばれたら明るく「はい」と返事をしているか。「はい」は拝に通じる。相手を尊敬すること、相手に感謝することが明るい返事になるのだ。 後始末がしっかりできているか。自分で自分の不始末をきちんと処理しているか。
殆どの人間は凡人である。凡人の成功哲学は、一点集中とそれをコツコツ努力して続けること。一寸法師は鬼に飲み込まれた時、一点集中して針を鬼の胃を突き続けたから鬼に勝つことができたのだ。
得意技を磨け。プロと言われるまで得意技を磨けば人は捨てておかない。世の中は悪い人もいるが、そんなコツコツ努力し続けている人を助けてくれる人も大勢いる。思い上がらず下座に徹して生きなさい。そうすれば必ず天は君を助けてくれる。
「私は運がいい」と前向きに人生を生きることだ。どんな悪いことがあってもそれが自らに与えられた試練と思って努力することだ。次のステップに上がるための試練なのだ。松下幸之助さんはいつも「私は運がいい」と仰っていた。稲盛和夫さんは京都商工会議所の松下さんの講演を聴いて、素直に「そうなのだ」と思ったことが今日の京セラやKDDIを創ったのだ。
稲盛和夫さんは倒産したJALを2年間という短期間で再度上場にまで持っていった奇跡を作ったが、その一番のポイントは、「素直な心で、謙虚に、当たり前のことを地道に行動する」ことを社員に徹底させたこと。東大出のエリートは「そんなこと、言われなくても分かっている」と言う顔をしていたが、稲盛さんは「そうだったらやりなさい」と。難しくないこと、当たり前のことが存外できない。分かっていてもできなければ分かっていないと言うこと。

田中先生のお話にショックを受けて、それから10年余り経った時、稲盛和夫さんとの出会いがあったのです。

人生は人との「出会い」が人を創ります。「出会い」によって自らのミッションに気づくこともあるのです。
これからも人との「出会い」を大切にしていきたいと思います。

小林 博重

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