2018年 11月 1日の投稿一覧

人に与えることで人間は本当の幸せになることができる。

産経新聞10.31朝刊「難民の不幸」〜目標を決められない苦しさ〜と題したエッセーを読みました。

私たちは簡単に慈悲深い人や、善人になることはできない。
現実に何かを救おうと思う人はすぐそのことに気づく。人道主義をためらいもなく声高に言える人は、恐らく現実に、お金でも労働でも物の形ででも、難民に手を差し伸べたことのない人なのである。
難民の不幸は、目標を決められないことだ。日本人の成功談や出世物語は、多くの場合、スタートから目的を持っている。私の幼い頃はすでに、「末は博士か大臣か」という言葉もあった。今は博士も大臣も目のくらむほどの栄光を持っていないかもしれないが。中年の頃、個人的に親しかった芸者は「男はやっぱり地位とお金と名誉だわよ」と言い切っていた。 しかし日本の青年たちはやはり未来に目標も夢も持てる。通俗的な目標としてのお金も地位も、目指せば手に入れられないでもない。 しかし研究とか起業とか、もっと、世のため、人のなることも目指せる。
本当の幸福は、「受ける(手に入れる)」ことではなく「与える」ことだとよく言われるのだ。人間の心は不思議な構造になっていて、受け(与えられ)てだけいる間は決して満足せず、与える側に立って初めて満たされる。時には、自分の命まで犠牲にして(与えて)も他者を救う。そしてそのことに対して、当事者は決して損をしたなどとは思わない。 そういうことを、教育の場では改めて教えているのだろうか。

OUEN塾は、人に与えることで本当の幸せを掴む人間の育成を目指したいと思っています。

小林 博重

20年ぶりの従姉妹との再会

一昨日(10.30)、奈良と大阪から従姉妹の姉妹が上京し、吉祥寺で「いとこ会」を行いました。
従姉妹の2人は、私と同じ能登出身で隣町(今は平成の大合併で同じ中能登町になりました)です。姉は私の一回り上(78歳、辰年)、妹は猪年の71歳。美人姉妹です。 10年どころか20年は会っていなかったのではないか、父の葬式以来と思います。
どれだけおばあさんになっているのかと思いきや、美人は歳を取らないのか、気持ちが若いのか、2人とも未亡人になったせいなのか、人生を前向きに達観したようなところがありました。 この2人のイメージはやはり私が能登にいた小中学生の時であり、お互い幼い頃の子どもらしさなのです。

2人とも、それなりに人生の苦労を経験してきて、70歳代を生きているのですが、その苦労の中から自分の生き方をしっかり確立してきたんだ、私の従姉妹は優れ者なんだなと妙に感心しました。そして、私も見習うところが多々あると不思議に明るい気持ちになりました。人生はいろいろありますが、やはり素直な心が人間を明るくし、心が広く開かれるものなのです。

これが最後になるかもと言うことでの「いとこ会」でしたが、私は一人っ子なのでいとこには兄弟のような感覚があります。特に、この姉妹には家が近かったこともあり、他のいとことは違う感覚です。 そんなことを考えながら帰宅したのですが、私の3人の息子たちにはいとこはいないんだなぁ。妻も一人っ子ですので、息子たちにはいとこはいないのです。 これからの日本は少子化ですし、一人っ子同士の結婚だったらその子どもはいとこがいないんだと。ちょっと日本の少子化にセンチメンタルになりました。 NHKラジオで、このままの出生率が続くと、3000年(後82年後)は日本人が26人になるのだとか。数字の魔術ではなく、それが現実。これは国家的危機なのです。

日本の高齢化・少子化は構造的大問題であり、私自身のこれからの後半生を考える個人的な問題に矮小化できるものではありません。 まず、私たち個人レベルで、それが大問題だと気づくことですが、それを踏まえて、それぞれの生き方を真剣に考えることが大切なような気がします。

小林 博重

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