2018年 10月 の投稿一覧

100年人生に不可欠な「知の再武装」

『ジェロントロジー宣言』〜「知の再武装」で100歳人生を生き抜く〜(NHK出版新書)を読んでいます。著者は、サンデーモーニングでもコメンテーターとして登場される寺島実郎さんです。本の帯の「100年をどう生きるか」に惹きつけられ買い求めました。

人生100年を生きるに当たって、寺島実郎さんの下記のコメントは、私も経験上強く共感するものです。

人生の危機を乗り越える

100歳人生が現実のものとなった今、ふと立ち止まって、自分自身がこれから過ごす年月の長さを思うとき、もし生きる目的や方向が定まっていなければ、将来の不安ばかりが大きくなり、長寿だからといって喜んでばかりはいられなくなるだろう。

社会人になり、10年、20年と経つうちに、自分の人生を誠実に考えている人なら、「自分は本当にこのような生き方でよいのだろうか」と自問自答を繰り返すはずである。

そこから人生の深い闇に迷い込んでしまう人もいるが、そうした心の危機から脱するには二つの方法しかないというのが、私の現時点での結論である。

一つは人生の使命に気づくことである。「自分はこのために生まれたんだ」と覚悟が定まると、人間としての重心が下がってきて、迷いから脱却していく。自分に与えられた人生の使命を感じることは腹のくくり方の問題であり、危機脱却するために必要なことである。

もう一つは人との出会いである。「人間は人間が育てる」という言い方があるが、予想もしなかったような人との出会いが、自分の人生の使命感に目覚めるきっかけとなるのである。

それは自分が携わってきた仕事や職業に関係するとは限らず、偶然のきっかけによることもある。相手は専門家や教師の場合もあるが、友人だったり、人によっては異性だったりすることもある。

「使命感の確認」も「出会い」も、単なる運や偶然ではなく、主体的に行動を起こすことで呼び込まれるとも言える。

私は定年後には一人一つのNPOやNGOに関わること、つまり社会的テーマに挑戦することを勧めている。「知の再武装」には、気づきの瞬間、今までの生活とは異なる次元での人との出会いが必要なのである。

私にとってこの「使命感の確認」と「出会い」は、稲盛和夫さんに尽きます。

四十路を過ぎての稲盛和夫さんとの出会いがあって、今の私があるのだと思います。

寺島実郎さんの言う「知の再武装」の気づきは20年以上も前に遡るのです。

小林 博重

「生きがい」が幸せのカギ/茂木健一郎さん

日本経済新聞朝刊10.22「18歳プラス」コーナーに、脳科学者の茂木健一郎さんが、100年時代を幸せに生きるキーワードは「IKIGAI(生きがい)」であると述べています。

〜生きがいとは何ですか。若いうちにどうやって、それを見つけたらいいですか〜
「生きがいとは『生きる喜び』『人生の意味』を指す言葉です。仕事や研究など専門領域で成功を収めなくても、楽しみながら見いだせる目的です。
仕事で成功を収めることも大事ですが、幸せに生きるにはそれだけが正しい道ではないのです。生きがいを探すにはもっと身近な小さなこと、極めてプライベートなものに着目することから始めればいいのです」

〜成功を求めない生き方で幸せになれますか〜
「有名か無名かは幸せとはまったく関係がありません。人生は地味でもいいのです。自分を卑下したり、背伸びしたりすることは不要です。等身大の自分を受け入れればよいのです」
「脳科学的に言うと、脳は他人のために何かをすることと、自分のためにすることをほぼ同じように嬉しいと感じます。自分が幸せになるには、他人のために何ができるか考えてみることも大事なのです。他人を喜ばせようと自分が学ぶことは他人のためになることであり、世の中に貢献することで感謝され、回り回って自分が幸せになるのです。利他性は結局、自分の幸せを呼び込むことになるのです」

〜脳の衰えを防いで楽しく生きるにはどうすればいいですか〜
「年齢を重ねるメリットは創造性を生み出す基礎データが蓄積されることにあります。老化は避けられませんが、抑えたり、防止したりすることへの研究は進んでいます。例えば、2カ国語を操るバイリンガルの脳の老化が進みにくいのは、努力して第2言語を習得するという日々の積み重ねによるものです。学ぶ意欲を維持できる人は若々しくいられるのです」
「若宮正子さんのように80歳を超えてスマホアプリを開発し、グーグル翻訳で米メディアとやり取りをした高齢者も出てきました。これは若者でも簡単にはマネできないことです。人生の経験値も使いようです。生きがいを味わいながら学び続けることも幸せに長生きするための一つの方法と言えるでしょう」

小林 博重

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いしかわ県人祭での出会いと七朋会

10月26日(金)に目白椿山荘にて第11回[いしかわ県人祭]があり、金沢大学附属高校の後輩である高下弁護士のお誘いで参加しました。 大ホールで参加者は1000人規模のパーティです。石川県の各自治体や団体の同窓会役員がノルマを課せられて集まった石川県出身や石川県ファンと称する人たちです。

御陣乗太鼓のパフォーマンスから始まり、石川県出身の歌手の山本あきさんの歌、戦時中能登に疎開していたご縁で石川県の観光大使になっている海老名香葉子さんと息子の林家三平さんの親子トーク、仲代達也さん(1985年から七尾市中島町で仲代達也さんが主宰する無名塾が合宿した縁で能登演劇堂が1995年に開館しました)の乾杯の音頭等、にぎにぎしいパーテイでした。

石川県は面積も人口も日本の1/100の小さな自治体ですがその分郷土意識は強く、特に北陸新幹線が開通するして金沢を中心として石川県への観光客の入込数が格段に増えたこともあり、一層郷土愛は高まったものと思われます。

私のテーブルは高下さん声掛けの人たちでしたが、隣に座った若い女性はお隣の富山県魚津市出身の井田朝子さんと仰る若い女性でした。 富山大学を卒業され、総合職で大和証券に入社、現在は千住支店にお勤めです。
誰にでも愛されるキャラクターの爽やかな女性です。大学ではチアリーディングクラブに所属されていたとかで、その笑顔はさもありなん。 会社では営業をされているとかで、さぞ成績も優秀な社員なのだろうと思います。

ビジネススマイルで誰にでも融け込もうとする人がいますが、その人の人格が滲み出ていない人はすぐ分かります。ビジネスに結びつけようとする魂胆が見え見えで、いくら煽てられてもこの歳になるとその判別はできるようになります。 やはり、人は、本音で、人柄で勝負しないと人の懐に入っていくことはできません。

私は以前のようにいろいろな会に出ることは少なくなりましたが、それなりの意味がある会には出るようにしています。それは、そのような会はいい出会いがある確率が高いと思うからです。 MapもOUENも人と人をつなぐことで成り立っているわけで、そのような活動なしには人脈は拡がらないからです。

OUEN望年会は10月27日現在で175名の方々のご出席のご連絡をいただいています。会場の都合で200名程度にしたいと思います。11月末が期限です。少し超えるかもしれません。

昨日は11月24日に東大駒場生協食堂で開催する[七朋会]の打ち合わせで生協と打ち合わせしました。ちょうど11月23〜25日が駒場祭で、その真ん中に開催します。 今回は50人規模のこじんまりした会になりますが、こんなところでいいんじゃないかとも思います。
七朋会は昭和50年卒団の同期の会が発展して先輩後輩が集まる会です。
昔日を懐かしみながら3時間に亙り高歌放吟する会ですが、私にすれば青春時代に戻りこれからの後半生を活き活きと生きる縁にする会だと思っています。

26日に訪問した水戸工業の成田社長は安田信託時代の1年後輩ですが、彼は自分の年齢は自然年齢の6掛けだと思っている。自然年齢は66歳だから、まだ40歳の壮年なのだと。 私は人生100年(50年×2回)、人生二毛作(100年)+余生(20年)と思っていますが、成田さんのような考え方もまたいいなと思いました。 今の時代は、自然年齢年齢の8掛けや7掛けではなく、6掛けの時代なんだと。成田さんは精力的に全国を飛び回っていらっしゃいます。

「一生青春、一生燃焼」
相田みつをの言葉です。

小林 博重

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人とのご縁を大切にする。

昨日、一年ぶりになるか、「渋谷会(安田信託銀行渋谷支店OB会)」に出席しました。この会は昭和50年代前半に渋谷支店財務相談課に在籍していた仲間たちの会です。3ヶ月ごとに開催しています。 いつも東京駅傍の東京海上日動ビルの地下にある中華料理店が会場です。
渋谷支店は私の最初の配属店ですから、今から40年以上も前です。ですから、集まるメンバーは殆どが私より年上。70歳前〜80歳くらいの高齢者の集まりです。

話題は、まずは健康の話です。皆さん、身体のいたるところがおかしくなっているようで、ちょっと認知症の気がある人もいます。会場が分からなくて30分以上迷ってどうしたらいいか分からない人もいます。
携帯電話があるのだから、分からなければ幹事に電話すればいいものの、幹事から電話があるまで迷っていたとか。幹事が迎えに行ってやっと会場にいらっしゃいました。分からなければどうしたらいいか考えが及ばないのは認知症の初歩段階です。考えることをしない、考えられないことが認知症なのです。

メンバーの殆どは定年まで勤めて、今は悠々自適の年金生活を送っている人です。安田信託銀行の企業年金は上場企業の中でも手厚いもののようで、公的年金を合わせると月35万円はあるとか。夫婦2人だけでローンもないし、子どもの教育資金も掛からないのですから、働く気もなくなるというのも分からないわけではありません。
人は生きていくために(生活のために)働くのですが、そのためだけに働くわけではありません。もう一つ、「世のため人のために」働くのです。いわゆる、社会貢献、ボランティアです。 仕事自体は生活のためであり、それが多かれ少なかれ世のため人のためになっているから、人間は生きている意味があるのです。
働くことを止めると、ボランティアを一人歩きさせなければならない。やはり、一番いいのは働いて稼ぎと社会貢献を両立させることなのだと思います。

たまたま、私の隣は税理士の三枝秀明さんでした。彼は10年くらい勤められたのでしょうか、退職してお父上が経営されていた税理士事務所に勤め、今は経営者として神保町に事務所を構えています。ご子息も税理士として働いていらっしゃるとか。
やはり、サラリーマンでない独立事業者は人生の考え方がサラリーマンと違います。意気投合して、では私のOUEN望年会にいらっしゃいますか、とお誘いして快諾いただきました。 人のご縁は大切にするべきです。久しぶりの参加、たまたま隣に席を同じくしたこと。これもご縁なのです。
そのようなご縁を大切にして生きていきたいものです。

小林 博重

朝型人間の四方山話

すっかり朝型体質になってしまいました。それも『超』が付きます。
朝は3時起きだったのが、ここのところ1時前後になりました。眠くないのは「仕事をせよ」との神のお告げと思い、ストレスなく起きて事務所で7時過ぎまで仕事をしたり、読書をしたり、メールを出したりとすることに困ることはありません。 朝食の後は、アポがなければ一寝入りすることもあり、サラリーマンにはできない自由気儘な時間を過ごします。
外訪は夕方5時くらいまでで、それからは7〜8時くらいまで事務所でデスクワークして帰宅し夕食を摂って9時前後には自然に眠気が襲ってきてとこに入ります。そして、5時間くらいは寝るでしょうか。

この歳になるとマイペースが一番と思います。もう宮仕えはできません。無理はしないことが一番です。
しかし、若い時以上の熱情で仕事に取り組むことがベースにあります。
そんなことを考えると、60歳を境に第2の人生をスタートさせたサラリーマンの皆さんとは考え方も行動も違うのだと思います。
私の生き方は人様に勧められるものではありませんが、人生はやり甲斐や生き甲斐、働き甲斐の「◯◯甲斐」がなければ幸せにはなれないことは真実だと思います。

昨日はOUEN望年会に関する打ち合わせや訪問でした。10月の半ば過ぎからは本格的に師走を見据えての活動になります。

また、11月は5〜9日と19〜22日の月の半分が福岡と北九州の出張ですので、そのアポイントの電話をしました。
来年2月のOUEN塾が佳境に入ってきましたので、大学(13大学)や自治体(3自治体)や学生リーダーたちとの打ち合わせを行います。

そんなこんなで、日々多忙な毎日です。
私には「今日、用がある」(教養)、「今日、行くところがある」(教育)には全く困りません。同年代の人には困った人もいるのでしょうね。

NHKの『ガッテン』で、認知症を遅らせるには、アイコンタクトが必須なのだと言っていました。「目は口ほどに物を言う」と言われるように、認知症の人には目と目のコミュニケーションが意味があるのでしょう。 ビジネスでも同様です。愛すべき人は目が生きています。別嬪さんでも、目が死んでいる人はその別嬪が全く生きずに、魅力的とは思えない人は少なからずいます。 人様から魅力的な人と思われるように、多様な観点から自らを磨いていきたいものです。

小林 博重

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「心を磨く」「自分を磨く」ということ

「人は何のためにいきるのか」
「人間にとって働く意味は何か」
「人生において幸せとは何か」

私はいつも、顕在的にも潜在的にも、そんなことを考えながら65年の人生を生きてきたような気がします。ちょっと薬臭いようなところもあると思う時もありましたが、私なりの『人生哲学』の確立を目指して生きてきたのだと思います。 稲盛和夫さんは、「人生の目的は心を磨くことだ」と仰います。
銀行に20年間勤めましたが、そこで私は出世街道のトップを目指していました。それがある時から私の人生の目的になっていました。しかし、人生を哲学すると、それは何の深みもない、人間の欲望にしか過ぎないと思う自分がいました。 そんな時、稲盛和夫さんに巡り会ったのです。何かお坊さんのお話しになるような話でしたが、私にはそれが自分の心の深奥を見つめ直す機会になったのです。

それから20年以上七転八倒しながら生きてきて、私なりに『小林哲学』なるものを形作る入口に辿り着いたような気がしています。
「心を磨く」とは、自分自身を見つめ直すことがベースです。世界で自分が一番大切と思うことからスタートすることなのです。自分が一番可愛いのは全ての人間が持つ本能です。 自分が一番幸せな時はどんな時なのか考えると、それはお金が儲かった時もあるでしょうが、それは究極的な回答ではありません。
心が一番満足する時が人間にとって幸せな時ではないでしょうか。人のお世話をして「ありがとう」と言われた時(それにお金が付いてくるのがビジネスです)が、心が満たされる時です。 すなわち、「世のため人のために尽くす」時が一番心が満たされて幸せな時なのです。
すなわち、「自分のためは世のため人のため」なのです。究極の利己は利他なのです。自分のために利他行をするのです。それが心を磨くということなのだと思うのです。

自分が一番大切ならば、自分のために「世のため人のために尽くす」こと⇨それが『心を磨く』ということ。それが人生の目的なのです。

自分を見つめ直すと、自分の得手不得手が分かります。この歳になると不得手をなくすことよりも得手を磨くことに全力投球することだと思っています。不得手は信頼できる人で、自分の不得手を得手としている人に任せることです。

では、私の得手は何か?と考えてみると、私が一番楽しかった時は、銀行時代の人事部門に勤めていた時だったと思います。企業新規開拓をしていた時を考えても企業オーナーや経営幹部と意気投合して、ビジネスのロマンを語り合っていた時なのです。 とにかく、人に関わっている時が一番楽しく生きていて良かったと思う時なのです。

今の学生の応援団であるOUEN JapanやビジネスコラボレーションサポートのMapも、いずれも人に関わる仕事です。今が一番楽しいのです。

昨日、OUEN Japanを支援していただいているSUSさんを訪問し、同社の小林取締役とビジネスサポートについて打ち合わせしました。 そのおりのご提案は、私が得手としている人に関するビジネスサポートでした。OUEN Japanとも今までのMapとも違うご提案でした。 そうだ。この分野は私が銀行の人事部門にいた時に取り組みたいと考えていたことなのではないか。
咄嗟に、新たにチャレンジしてみたいと思いました。
詳細は後日に再度打ち合わせをすることになりました。

「自分を磨く」ことは、得手を一層磨くことです。磨きに拍車をかけることです。それが世のため人のためになるのです。

「犬も歩けば棒に当たる」と言いますが、人との出会いを大切にすることが、自分を磨くことにつながるのです。

小林 博重

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「アンコンシャス・バイアス」なしが世の中を変える。

お茶の水女子大学の室伏きみ子学長が日本経済新聞朝刊の『私見卓見』で、「少ない女性研究者、男性にも原因」の題目で、日本が女性研究者の割合が約15%に過ぎない理由について書いています。

その1つは、男性の意識が変わっていないことであることをあげています。
女性が何に困っているのか、研究を続けられない原因は何かということに気付いていないからだと。
子どもの頃から「女子は理工系に向かない」と言われるうちに、本人も無意識にそう思い込む「アンコンシャス・バイアス」も背景にあると。

これは研究者に限らず政治家や経営者等、全ての分野に言えることです。

男女共学だと研究を引っ張るのは主に男性で、女性は独身のまま必死でついてゆく形になりがちと言うのも、全ての分野に当てはまることで、さもありなんと現実を見るとその通りだと思います。

その点、女子大であればアンコンシャス・バイアスなしに自分の意見をしっかり言える人財が育成されやすいのでしょう。
組織の中で女性が変化を起こそうとしても一人では難しく、女が3人集まれば「姦しい」と言われますが、男性の数に対抗するくらいの人数の女性たちが集まることが社会を変えるのだろうと思います。

OUENの学生リーダーは図らずも8割以上が女子学生です。リーダーのリーダーは女性であり、迫力と責任感は目に見張るものがあります。

21世紀は女性が多い組織が世の中を変えていくのかもしれません。

小林 博重

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生涯現役とダイバーシティ

今日は長男夫婦と、母が入所している横浜市青葉区の特養施設に出かけました。

外苑前駅から青葉台駅までは、銀座線〜半蔵門線〜田園都市線を乗り継ぎ半時間強なのですが、そこからのバスが全く時間が読めない。便数も少ないし、交通渋滞のせいなのかダイヤがあって殆ど当てにならない。 私のような気が短い人間にはストレスです。

また、老人保健施設も時間がゆっくり流れています。
入居者は勿論のこと、そのお世話をしている方々もそうでなければストレスが溜まってやっていられないでしょう。私のような人間では到底務まりません。

私もいつか、そのような時間がゆっくり流れる世界に抵抗なく過ごすようになるのだろうか。私は生涯現役としてあくせくでもいいから働く人生でありたいと思います。 人は生きているだけで価値があるとも言われますが、私にはまだまだ胸にストンと落ちる価値観ではありません。

私自身、一匹狼として独り立ちするようになって、サラリーマンが味わわない辛酸を舐めてはきましたが、樹木希林さんの生涯現役を貫いた人間哲学を持つまでには程遠く、更なる苦労辛酸を舐める必要があるのでしょう。まだまだ人間は未熟なのです。

OUEN望年会は10月初めに皆さんにお声掛けしましたが、予定の220名(上限)に対し、7割以上のご出席のご返事をいただいています。 北は札幌から南は福岡まで、年末ご多忙の中、ご出席いただきます。ありがたいことです。
今回が5回ですが、お集まりいただく人数は少しずつ増えており、それも無理なく皆さん集まってくださっているような気がします。 それだけ、OUEN Japanが皆さんに認知いただくようになったということかと思います。同時にMapのビジネスサポートも拡大してきています。

私はまもなく齢66歳になります。社会人になりたての頃はサラリーマンの定年はまだ55歳であったと思います。66歳は余生の真っ最中であり、現在の私のような、若い時以上の現役生活を送っているなどと想像もできませんでした。 それだけ人間の寿命は延びたのですが、まだその精神構造はそれに追いついてはいません。

ダイバーシティは多様性という意味であり、今までの価値観が通用しなくなり、新たな力によって時代を活性化する時代になってきたのです。 女性、高齢者、外国人、障害者、等等。

OUEN Japanを立ち上げたことは、私の価値観を180度転換させてくれたという意味でも、今更ながら、OUEN Japanに感謝したいと思っています。

小林 博重

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金沢から北陸新幹線で東京へ

15日〜19日の金沢出張は今日が最終日。ホッと一段落して新幹線車中で駅弁とハイボールを嗜んでいます。金曜日の18時台の東京行き新幹線はもう少し混んでいるかと思いきや、金沢からの乗車客は私の車両では一桁の人数です。もっと金帰月来のサラリーマンが多いのかと思っていました。豈図らんや、富山からは結構乗ってきました。ヘェ〜、どうして富山からなの?よく分かりません。

北陸新幹線かがやきは、富山〜長野〜大宮〜上野が停車駅。2時間半の乗車時間。ちょっと一杯、うたた寝で終点東京です。金沢は一人勝ちなのですからもっと人口が増えてもいいのにと思います。金沢の人口はたった45万人前後です。

来年1月にOUEN塾の実行委員会を立ち上げることになりました。漸く第一歩を踏み出すことができます。
現在はまだプレセールスの段階ですが、いくつかの会社が協賛を申し込んできてくださいました。これも福岡の実績があったおかげか。何事も実績ありき。苦しくても小さくても先ずは実績を出すことが何よりの納得材料になります。

[OUEN塾in福岡・北九州]は協賛企業、後援団体の支援形態、学生リーダーの体制がほぼ固まりました。10〜1月にやらなければならないことも固まり、これをOUEN JapanとOUEN学生リーダーがそれぞれの役割を果たすことです。そうすれば2月の本番は心配なく迎えることができます。
特に九州の女性は頼りになります。期待すること大であり、必ず果たしてくれるでしょう。このような信頼関係を若い学生さんと共に構築できたことを、学生リーダーに深く感謝するものです。信頼関係構築は年齢差や性差は全く関係ありません。

年末のOUEN望年会は、出欠の連絡期限が11月末ですが、10月19日現在で150名を超えました。上限は220名ですが、200名を目処に開催したいと思っています。

なんだかんだで、OUEN関係で年末前ですがバタバタの毎日です。
目が覚めて、する仕事があることが人の喜びだとか。
今日行くところがあるとか、今日用があるとか、そんな消極的人生で何が面白いのですか。やはり、「世のため人のために仕事をする」ことで人生は面白くなるのです。

富山を出て、親不知のトンネルを通ると、アッと言う間に長野です。長野で約半分。北陸新幹線は北陸を元気にしてくれる救世主です。

小林 博重

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ツエーゲンGMの西川圭史さん

加賀屋さんからの帰りは、加賀屋さんをご紹介いただいたツエーゲンGMの西川圭史さんの車で金沢駅まで送っていただきました。

西川さんは東大の後輩で、アメラグ部主将。六甲学園卒の生粋の関西人です。日本開発銀行を経て金沢のツエーゲン、サッカーチームのGMに転身されました。スポーツから地域活性化をとの想いで、石川県人になったのです。 奥さんは私の出身校である金沢大学附属高校から東大。東大アメラグ部マネージャーを経て電通入社。
西川さんはいわゆるY(嫁)ターンではなく、あくまでも彼の自由意思での決断だったのだとか。
東大卒、日本開発銀行勤務のエリートがそのような想いで人生の選択をしたことに、私は共感とその想いに対して尊敬の念を強く持つものです。 彼のその想いがあって[OUEN塾in金沢/石川]の石川事務局長をお引き受けいただいた由、OUEN塾は得難い人財に巡り会うことができました。

夜は、片町の小太郎にて、鍋を囲んで西川さんと一献傾けました。
小太郎さんには7月に飛び込みでお世話になって以来でしたが、ご主人や女将さんは私のことをよく覚えていただいていて、それは商売人の鏡、ビジネスの基本、人間通とはかくあるべしと小太郎夫婦に教えていただいた感があります。 鹿児島の黒豚のしゃぶしゃぶと鹿児島の焼酎。
日本海の魚介類の珍味と富山高岡の若鶴酒造醸造の日本酒「小太郎」。
美味しい酒肴に舌鼓を打ちました。今年はこれで金沢出張は最後になります。来年1月に伺うことを約束して、徒歩2分のゲストハウス「風と翼」の帰路に着きました。

今日は金沢出張の最後の日。訪問先は全てゲストハウスから徒歩圏内です。夕方には「かがやき」で東京への帰路に着く予定です。
毎度ながら楽しい金沢出張になりました。

小林 博重

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