守山淳さんからの『守山通信』から

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経営コンサルタントの守山淳さんは定期的に『守山通信』をメールしてくださいます。
いつも示唆に富むお話しばかりで、とても刺激を受けています。

昨日、「歳を重ねて・・・」と題した通信をいただきました。心に留めておきたい“ありがとう”でした。

小林 博重

今年は猛暑の為か多くの著名人の訃報が報じられました。古希を過ぎれば昔TVなどで親しんだ俳優、芸人の訃報に接するのは当然と言えば当然ですが何か自分の青春が消えていく様な寂しさも感じます。



秋のお彼岸の日も青山墓地には大勢の参拝者を見かけましたが老婦人が一人で墓参りをしている姿が多く見られました。少子化の為でしょうか娘なり息子の姿がない高齢者の参拝にはどこか切ない思いを致しました。

7月14日は父の命日でした。もう18年が経過。存命であれば97歳です。この父の命日を覚えていて呉れた姉妹がいます。60年位前に我が家の隣に住んでいた小学生の姉妹は父親が慶応の病院の医者で那須塩原に単身勤務していた事もあり母子家庭でした。男の子しかいなかった我が両親はこの姉妹を実の娘の様に可愛がっていました。その思い出を60年経ても忘れず両親の墓参りに猛暑の中態々出掛けて呉れました。

久しぶりに会った姉妹は私とほぼ同じ歳。子供の頃が思い出されました。人にはそれぞれの思い出、人生があります。改めて過ぎし日の良き思い出を思い出させて呉れた姉妹の来訪でした。これが歳を重ねるという事でしょうか。



「ありがとう」の反対語をご存知ですか?「ありがとう」は漢字で書くと「有り難う」で「有ることが難しい」という意味です。従って反対語は「当たり前」です。有ることが難しい=まれである、珍しい事という意味です。

しかし我々は「当たり前」と思っている事が沢山あります。朝太陽が登るのは当たり前。朝起きるのが当たり前。食事をするのがあたり前。明日会えるのが当たり前、と思っています。



毎晩黙って一人で晩酌をしているご主人がある晩、「おい、お酌をしてくれないか」と奥様に言ったそうです。奥様は台所で片付けをしていたので「今、手を離せないから自分でして・・」と答えました。ご主人は少し寂しそうに手酌で飲んで居たのですがその2時間後に溶体が悪くなり救急車で病院に運ばれましたが帰らぬ人になりました。

奥様は今でもあの時、何故お酌をして挙げなかったのか・・・溢れる笑顔でお酌をして挙げなかった後悔がつきまとったそうです。



明日があるのが当たり前と思っていても何の保証もない。だから今を精一杯笑顔で人に接する事が大切です。「ありがとう」には「あり得ない事への感謝」が込められている言葉なのです。

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