2018年 9月 の投稿一覧

1年を締め括るモードは10月から

今日は9月の最終日。今年も後3ヶ月で終わります。
今年ほど自然に対して人間の限界を感じた年はなかったのではないかと思っています。人間は何でもできる、何でもしてきたと「自然を征服する」西欧的発想は人間の驕りでしかないと思います。

東京大学や国立天文台などの研究チームが、「宇宙が今後1400億年以上は存在し続けることが分かった」と発表しました。
宇宙がビッグバンで誕生したのは138億年前だとか。まだ宇宙にはその10倍の寿命があると言うのですから、人生100年時代になったこととの比較で、私のような数字に弱い人間にとっては、そんなことどうでもいいような話です。

ただ、人の命はせいぜい生きても120年。宇宙の命は1500億年以上。いずれにしても生まれたものはいつかは滅するのです。長島さんの「巨人軍は永久に不滅です」ということはありません。
松下幸之助さんや稲盛和夫さんは「宇宙の摂理、宇宙の真理」に沿って生きることを説かれますが、せいぜい120年の人生は宇宙の摂理・真理に沿って謙虚に生きることが大切なのだと思います。

明日から10月です。秋本番と思ったらすぐ師走です。
12月18日には、第5回のOUEN Japan望年会を東京ガーデンパレスで開催します。
毎年10月半ばには皆さんにメールか手紙でご案内しています。
会場の関係もあり定員は220名がアッパーです。お声を掛ける方々の入れ替えもあり、その作業は私でなければできないことなので、昨日から今朝まで、半日以上をかけて整備しました。
隅から隅までいただいた名刺をチェックすることは、望年会のご案内の観点もありますが、ビジネスコラボレーションサポートを生業にしている私にとってはこれからのビジネスの拡がりを考える切っ掛けにもなるのです。これは年賀状の整理にも言えることですが、私の場合は、その観点のウェイトが相当高いのだと思います。

「来る者は拒まず、去る者は追わず」と言いますが、これを淡々とできるようになることが「人間が成長した」ことになるような気がします。人と人との距離感の取り方をスマートにしなければならないと言うことです。
私の財産は皆さんからいただいた名刺ですが、意識して名刺を保管するようになって10年くらいでしょうか。私が名刺交換させていただいた人たちで、どれくらいの比率で私は今お付き合いしているかと考えるとアバウト数%くらいではないか。それでも結構高いのだと思います。殆どの人が通り過ぎていく。一時は親密にお付き合いしていても消えていく人たちも多いのです。
それでも人さまは「小林は顔がバカ広い」と言います。「来る者は拒まず」精神のせいかとも思いますが、私は一番は「何か自分ができることはないか」と考え行動に移していることを にあるのだと感じています。そんなに難しいことではないと思いますが、皆んなそれがあまりできないのだと思います。 ビジネスの基本は「人のために尽くして、そのお礼が報酬である」ということなのですが。

そういう私は商売下手でお金を稼ぐ感覚があまり優れていないのです。なかなか松下幸之助さんや稲盛和夫さんのようにはいきません。

10月からの3ヶ月は1年の締めくくりです。来年に繋げる準備は3ヶ月くらいは必要ではないでしょうか。

小林 博重

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貴乃花親方の角界退職に思う。

貴乃花親方が日本相撲協会に退職届を出し、角界に激震が走っています。
協会と貴乃花親方との言い分は全く食い違っていますが、今までの様々な経緯を考えると、絡んだ糸をほぐすことは感情的な観点からしても難しいことでしょう。

報道しか知り得ない私としては、貴乃花親方の「相撲道」への直向きな想いと彼の禁欲的な生き方には心から共感するものの、もっと大人の対応があってもいいのではないかと思っていましたが、ここ退職の意思を固め新しい人生を模索し邁進することを決断した姿を見て、やむを得ないと思うと同時に、それで良かった、彼の生き方を貫く姿勢、その潔い生き方に深く心を打たれました。

人生には何度か大きな決断をしなければならない事態に直面するものです。そしてその時の決断に人間性は表面化するものですし、その決断により、一層人間性は高まるのだと思います。 平成の大横綱として一斉を風靡した貴乃花親方のこれからの新しい人生の益々のご活躍を祈るものです。

日本相撲協会のみならず、特に歴史がある組織では、設立当初のピュアな精神がお題目だけになって、組織の成員の利益団体に堕してしまっていることが間々あります。
私のような一本気な生き方しかできない人間にとっては、組織に所属することは結構辛いことがありました。私は組織人としては自分自身を生かすことができないと思い組織を飛び出したのですが、それだから貴乃花親方にも喝采と心からの応援をしたいと思います。

日本経済新聞夕刊の「私のリーダー論」で、オリックスの井上亮社長は、
⑴部下に「やりたい」と言わせる
⑵組織はないほうがいい
⑶クリーンに、謙虚に
と仰っています。

部下をやる気にさせること。部下が自ら考え、行動するようになる組織作りが大切です。

組織は時が経つと、組織の成員はその組織を守ろうとして本来の組織ができた目的を忘れてしまう傾向があります。何かを解決するために組織を作るのですが、組織を守ることが目的になってしまう。本来、守る組織などないほうがいいのです。

やはり、リーダーはクリーンで謙虚でなければ、人は付いていきません。リーダーは人が付いていきたくなるカリスマ性を持つ必要があります。

クリーンに生きること、謙虚さを忘れないこと。これはリーダーのみならず、人間として必要不可欠な要素だと思います。

小林 博重

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守山淳さんからの『守山通信』から

経営コンサルタントの守山淳さんは定期的に『守山通信』をメールしてくださいます。
いつも示唆に富むお話しばかりで、とても刺激を受けています。

昨日、「歳を重ねて・・・」と題した通信をいただきました。心に留めておきたい“ありがとう”でした。

小林 博重

今年は猛暑の為か多くの著名人の訃報が報じられました。古希を過ぎれば昔TVなどで親しんだ俳優、芸人の訃報に接するのは当然と言えば当然ですが何か自分の青春が消えていく様な寂しさも感じます。



秋のお彼岸の日も青山墓地には大勢の参拝者を見かけましたが老婦人が一人で墓参りをしている姿が多く見られました。少子化の為でしょうか娘なり息子の姿がない高齢者の参拝にはどこか切ない思いを致しました。

7月14日は父の命日でした。もう18年が経過。存命であれば97歳です。この父の命日を覚えていて呉れた姉妹がいます。60年位前に我が家の隣に住んでいた小学生の姉妹は父親が慶応の病院の医者で那須塩原に単身勤務していた事もあり母子家庭でした。男の子しかいなかった我が両親はこの姉妹を実の娘の様に可愛がっていました。その思い出を60年経ても忘れず両親の墓参りに猛暑の中態々出掛けて呉れました。

久しぶりに会った姉妹は私とほぼ同じ歳。子供の頃が思い出されました。人にはそれぞれの思い出、人生があります。改めて過ぎし日の良き思い出を思い出させて呉れた姉妹の来訪でした。これが歳を重ねるという事でしょうか。



「ありがとう」の反対語をご存知ですか?「ありがとう」は漢字で書くと「有り難う」で「有ることが難しい」という意味です。従って反対語は「当たり前」です。有ることが難しい=まれである、珍しい事という意味です。

しかし我々は「当たり前」と思っている事が沢山あります。朝太陽が登るのは当たり前。朝起きるのが当たり前。食事をするのがあたり前。明日会えるのが当たり前、と思っています。



毎晩黙って一人で晩酌をしているご主人がある晩、「おい、お酌をしてくれないか」と奥様に言ったそうです。奥様は台所で片付けをしていたので「今、手を離せないから自分でして・・」と答えました。ご主人は少し寂しそうに手酌で飲んで居たのですがその2時間後に溶体が悪くなり救急車で病院に運ばれましたが帰らぬ人になりました。

奥様は今でもあの時、何故お酌をして挙げなかったのか・・・溢れる笑顔でお酌をして挙げなかった後悔がつきまとったそうです。



明日があるのが当たり前と思っていても何の保証もない。だから今を精一杯笑顔で人に接する事が大切です。「ありがとう」には「あり得ない事への感謝」が込められている言葉なのです。

趣都金澤東京交流委員会に出席して

昨夜は実に楽しい一夜でした。

7時から、浦建築研究所東京事務所にて、認定NPO趣都金澤東京交流委員会の会合がありました。出席者は会員26名中たったの5名。今年度のイベントについての話し合いですがこれではどうしようもない。まずはこの分会を如何に活性化するか。
義務を伴った組織ではありませんから、いやいやで参加することはありません。面白ろかったり自分が決定に何らか関わっているのだったら参加するでしょう。まずはその気になってもらうことです。委員長だけが悩んでいても話は前に進みません。
情報の伝達手段をメールだけではなく、ラインかフェイスブックのような堅苦しくないものを加えてはどうか。最後まで残った3名が手分けして得手の分野を担当しようということになりました。

打ち合わせはそんなところでやめて、3人で懇親の席でもと赤坂見附に繰り出し、9時過ぎから3時間弱の飲み会です。水口さんの行きつけの居酒屋です。ざっくばらんな飲み会になりました。お互い心を開いていろいろな話ができたと思います。ちょっと飲み過ぎました。

佐野さんは41歳。静岡県富士宮市出身。東工大を卒業して立教大〜金沢星稜大〜現在は東洋大国際観光学部で教鞭を取っています。金沢に勤めていたご縁で趣都金澤に関わったのだとか。東京交流委員会の委員長です。

水口さんは金沢出身。私より一回り年下の54歳。金沢美大卒業し電通勤務を経て起業し、本社は南青山5丁目。青南小の傍。金沢にも支社があるとか。デザインの関係で浦社長とも仕事の繋がりがあり、趣都金澤の会員になったのだとか。 OUEN塾の話をしたところ、金沢美大の先生や学生を紹介すると。

兎に角、本音で語り合うことです。オープンが一番。何をやるにつけても、何のために生きているのかを考えることです。自分で考えることです。この趣都金澤東京交流委員会はそのための一つの気付きの場として活性化することになればと思います。

11月には、私が会員の例会で、なぜ[OUEN塾in金沢/石川]を開催しようと思ったのかを話すことになりました。
趣都金澤は、趣のある都市金沢をより一層元気でメジャーな地方都市にすること、大勢の人に金沢を知ってもらって金沢に来てもらう、金沢に住んでもらうことを目的にしているのだと思います。 OUEN塾も地域活性化がテーマであり、OUEN塾から金沢を考えることをしてみたいと思います。

小林 博重

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ようやく活動の秋の到来です。

酷暑の夏を過ぎ、9月は名残の残暑かと思いきや、そうでもない1か月でした。秋は足早に近づいてきます。
私もようやく息を吹き返し、ウォーキングを再開。これから何やかや行事の多い秋の活動に勤しもうと思います。

11月24日(土)には国立七大学応援団OB・OGの七朋会を東大駒場で開催し、12月18日(火)にはOUEN Japan望年会をお茶の水の東京ガーデンパレスで開催します。この2つは私が主催のイベントですので、9月〜10月初旬から準備活動をスタートします。並行して福岡・北九州と金沢でのOUEN塾の準備活動も重なり、結構バタバタ。きめ細かいスケジュール管理が必要です。私はアバウトにできていますが、このような人を集めるようなことは得意中の得意と思っています。

今朝は、[OUEN塾in福岡・北九州]の後援・協賛につき詰めのメールと、七朋会の呼びかけのメールを発信しました。

特に、OUEN塾については、ラインで学生リーダーへのプッシュをしました。
平均45歳ほど歳の差があり、特に女性が圧倒的に多い学生リーダーですので、その対処の仕方に戸惑うことも多いと思いましたが、さにあらず、OUEN塾のミッションや目的、学生リーダーに求めること等を、本音で、ざっくばらんに、分かりやすく具体的に、しつこくならない程度にコツコツと伝えることです。 第1回のリーダーはよく理解しているので、その伝染があることも、功を奏しています。
やる気がある、熱い心を持っている若者たちですから、そのリアクションは想像以上です。特に女性は感性的で感じると心から動く傾向が強いと思います。 彼女たちがどうしたら付いてくるかと思いを巡らすのではなく、ストレートにそのままぶつかることです。あくまでも人間として対等と言う気持ちが大切だと思います。

嘘やテクニックは不要です。逆に、悪ですらあります。何よりも芯が通った哲学を持っていることです。私はこのことをOUEN塾の学生リーダーから学びました。彼らは打てば響く釣鐘のような存在なのです。

「きょういく」とは、今日行くところがあることでも、人を教え育てる「教育」でもなく、共に育つ「共育」であると学生リーダーから教わりました。

小林 博重

今年2回目の高校同期会

昨夕は金沢大学附属高校22回生(昭和46年3月卒業生)の関東同期会を東京大学駒場キャンパス内のファカルティハウス1階にあるブラッスリールヴェソンヴェール駒場にて行いました。

ファカルティハウスは以前は同期会館と言って、私はクラス会の飲み会や応援部の合宿の宿泊施設として利用したものです。今ではリノベーションして外部業者に運営を委託しています。昔の和風旅館の風とは様変わりで、1階はブラッスリールヴェソンヴェール駒場のネーミングでフランスレストランに変貌しました。

ここのところ、10年ほど前から、高校の同期会は関東と関西で定期的に開催しています。

最初は卒業20周年の時だと思います。その時は確か恵比寿ガーデンプレイスのウェスティンホテルにて大々的に同期会を開催したことを覚えています。それから5年毎に東京と金沢で交互に開催していましたが、それが10年くらい前からでしょうか、私が永年幹事となって半年毎に東京で開催するようになりました。

1学年150人ほどのこじんまりとした和気藹々の雰囲気の高校です。関東同期会はいつも20〜25人は集まりよく続くと思いますが、これも還暦を過ぎ人懐かしい歳になったからでしょうか。

最近は、年2回のうち1回は東京での飲み会、もう1回は主に関西での一泊旅行です。なぜ関西かと言えば、高校時代の学年旅行が奈良や大和や吉野といった関西方面だったからです。

同期会では皆んな高校時代に戻るようで、会話している皆んなの顔は高校生そのものです。たった3年間ですが社会人の3年間とはわけが全く違います。学園生活と言えばやはり、多情多感な高校時代なのでしょう。

しかし、親の介護とか自分たちの老後生活とか、実に今の現実的な話題が多く、高校時代を回顧するなんて話は殆どありません。子どもは手を離れ、専ら親の介護で苦労している年代です。

私たちにも近い将来にやってくる悩ましい問題です。皆んなピンピンコロリであの世に行きたいと、そんな話ばかりでした。それも親の介護で苦労しているからなのです。切実な問題です。

後100歳まで34〜35年です。生涯現役と言っているのは私一人ですが、とにかく生きているうちはピンピンしてコロリとあの世に旅立つ人生でありたいというのが、私たち同期の同じ気持ちです。

一層健康には留意したいものです。

小林 博重

OUEN塾の目指すところ

金沢での仕事が早く終わったので、17時過ぎの「かがやき」から14時54分金沢発の「はくたか」自由席で東京に帰ります。
「はくたか」は長野までは各駅停車、長野以降は様々ですが、東京までは「かがやき」とは30分程度時間がかかるだけです。軽くビールを飲んでほろ酔い気分で東京に帰ります。

基本的にOUEN塾は、大学生の人生観や職業観の醸成を目的としているので、その対象の企業としてはどちらかと言えばベンチャービジネスやニッチトップの企業に協賛していただきたいのが本音です。
どの企業も給与を貰っているサラリーマンで構成されていますが、大企業のサラリーマンは得てして上を見ることが仕事のような人たちが多く、お客様ファーストの感覚が薄いのです。対協力会社に至っては完全に上から目線になり、相手の心を思い遣る「恕の心」を持ち合わせている人は殆どと言っていいほどいないのです。それは私のような一匹狼のほうがよく分かるのです。

大企業に21年間勤めていて、その傲慢さに慣れてしまっていました。そこから飛び出して漸く分かるのです。

総じて大企業の社員は、自分が偉くなったように思って、知らず知らずに傲慢になってしまうのです。その人が悪いわけではないと思います。意識して謙虚にならないとそうなってしまうのです。

OUEN塾では企業を知ることももちろんですがそれを通じて人間を作ることなんです。
他のイベントとは目指すところが違うのです。

小林 博重

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OUEN塾のこれから

今日の金沢は一日中雨の予報ですが、今朝はまだ曇天です。金沢駅のコインロッカーに荷物を入れて、最終日の企業回りです。今日は小松市と金沢市の企業と金沢大学の訪問です。

金沢発7:54のJR北陸本線普通列車に乗り、30分で小松に着きます。車両のドアの開閉は半自動ドアです。ドアが開かないので少し戸惑いました。地方の田舎者です。

小松は人口10万人強の石川県第二の都市です。(株)コマツの発祥の地であり、小松空港、自衛隊の小松基地がある都市でも有名です。
北陸新幹線が開通して羽田からの飛行機は小型になったようですが、福井や小松のビジネス客は小松空港を利用し、台湾からの国際便も増便しているようで、それなりに活性化しています。

OUEN塾を開催するにあたって、やはり開催都市をよく知ることが先決です。地元の企業を訪問していろいろお話しをしてみると企業自体もさることながらその街のことも少しずつ分かってきます。分かると愛着が湧いて好きになってきます。そうでなければ企業や街を応援することはできません。

石川県は私のふるさとですが、18歳までしか住んでいなかったこともあり、知らないことが山ほどあることに驚きます。

今のところ、私は身一つですので、福岡県と石川県で手一杯。できるだけ早く、この両県のOUEN塾を軌道に乗せることですが、石原信雄先生が仰る、全国の主要都市でのOUEN塾開催をするためには、別の手法を取らなければ無理だと思います。そのことも視野に入れながら両県のOUEN塾の充実を図りたいと思います。

小林 博重

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石川県にはニッチトップの企業が多い。

北陸鉄道浅野川線に乗り金沢かたつ工業団地を訪ねました。北鉄金沢からわずか10分。能登にもあった懐かしい北鉄電車です。
小松市、白山市、加賀市等、加賀地方にはいたるところ工業団地があり、石川県には富山県のような大企業はあまりありませんが、ニッチトップの企業が数多くあります。
[OUEN塾]は、大学生が誰でも知っている大企業を紹介することではなく、あまり知られていない企業でこれから成長が見込め、個人の能力や個性が活かせる、小粒でもピリッと辛いニッチトップの地元企業を紹介し、近い将来の就職先候補の一つとして頭の片隅に置いてもらうこと。彼らの人生観や職業観の醸成が目的です。 その意味でも、石川県でOUEN塾を開催する意味があり、石川県の地域活性化に貢献することができると思っています。

昨日の夕方にツエーゲン金沢の西川GM(東大の後輩、元アメラグキャプテン、前職は日本開発銀行)の紹介で、澁谷工業(東証1部)澁谷副会長と西田取締役人事部長をお訪ねしました。
西川さんがOUEN塾のお話をよくしていただいていたこともあり、大変好意的にお話を聴いていただきました。澁谷副会長からは帰りに加賀銘酒「天狗舞」をいただき、ゲストハウスまでお送りいただきました。

澁谷副会長は金沢大学の山崎学長とも懇意であり、ちょうど本日は山崎学長をお訪ねします。世の中は広く狭いもの。何事も人のご縁で成り立っています。人のご縁を大切にしたいものです。

今日は小松団地のコマニー、それから金沢大学山崎学長をお訪ねし、新幹線で帰路に着きます。9月の3泊4日の金沢出張は今日で無事終了。天候にも恵まれ、犀川縁の早朝のウォーキングも楽しむことができ、充実した出張になりました。

今までは「とおきにありておもう」ふるさとでしたが、OUEN塾のおかげで毎月石川県を訪ねることができる喜びを実感しています。 想いを残して、10月もまた訪ねる楽しみを思って、東京への帰路に着きます。

小林 博重

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早朝の犀川縁を歩く。⑵

今朝は昨日より1時間早く、4時から犀川縁をウォーキングしました。昨朝は犀川を上流に向かって歩いたのですが、今朝は逆に日本海に向かって下りました。片道1時間強。北陸本線と北陸高速道路を越え、夜明け前の漆黒の中をひたすら歩きます。 10月には金沢マラソンがあるそうで、そのためのトレーニングで若い男女がランニングしています。
日本海に到達する手前で通行止めになり、そこからUターンし片町まで1時間強をかけて帰りました。
日の出は5時半過ぎ。早朝の金沢の街と犀川のコントラストは金沢の文化と自然を象徴しており、たった3年間の金沢での高校時代でしたが、素晴らしい地方都市に学んだことを誇りに思います。

ゲストハウスの管理人さんの奥さんは京都出身の方ですが、金沢の方が京都より住みやすい、できたら終の住処を金沢にしたいと考えていると仰っていました。

何故金沢なのか?
京都は平安時代からの千年の古都です。公家と武家の諍いの中で京都の人は人を心から信用していないのだとか。
先の大戦は応仁の乱を指すらしいですから、私のような田舎者とはなかなか間尺が合いません。「京のぶぶ漬け」の落語もそれを表しています。こちらの人に「そうどすな〜」と相槌を打っていたかと思えば、あちらの人にも同じく「そうどすな〜」と相槌を打つ。何を考えているか分からないんだとか。

それに対し金沢は、前田利家公以来の古都ではありますが、その歴史は江戸時代から。武家文化のみなので、お公家さんの曖昧さはなく、いたってシンプル。裏表ない真っ直ぐな人柄の人が多いのだとか。そう言えばそのように思います。中には金沢らしからぬ「金沢の恥」と思われる人もいますが、それはどの世界でもそんなものです。

東京とは新幹線で2時間半。関西や名古屋にも在来線でほぼ同じ時間ですが、北陸新幹線の延長で大阪・京都とは1時間強になるのでしょう。 冬の雪は如何ともしがたいですが、都会から金沢に移り住む人が増加しているというのは分かる気がします。

私のふるさとであり、学都であり、外国人は留学生のみならず観光客も増加している金沢です。
OUEN塾の果たす役割は多分にあると思われ、来秋開催に向け準備活動に精を出したいと思います。

小林 博重

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