2018年 7月 の投稿一覧

健全に生きる秘訣は欠点を自覚すること。

平澤興先生(元京都大学総長)は『一病息災』について、「欠点を自覚することが健全に生きる秘訣」だと仰っています。

病気を持つ人のほうが病気のない人よりも長生きすると。同じ意味で「無病短命」「一病長命」と言う言葉もあります。

この言わんとするところは、無病の人は強い生命力があるのだが、そういう人は健康の有り難みを知らず、本来持っている生命力を粗末にするため、早死してしまうことになる。一病のある人は健康であることが如何に有り難いことかを身を以て知っているので、健康であることに感謝して、健康に一段と留意するから、長生きするということなのです。

これは肉体的なことばかりではなく、人生の全てに言えることです。
自分の短所を、素直にしっかりと自覚して、その短所を信頼がおける人たちにカバーしてもらうこと。そして、その人たちに「いつもありがとう」と感謝すること。それが幸福になる一番の近道なのだと思います。

元気で長生きをする人は、総じて感謝の心を持っていると思います。それと同じで、自分の短所をカバーしてくださる人たちに感謝して利を分け合う大らかさを持っている人は、自ずと仕事の成功する確率は高くなり、人間関係も良好になるのです。

世のため人のために尽くすために、人さまのお力をお借りして感謝申し上げることが、元気で長生きする秘訣なのです。
そんなわけで、生涯現役を通すことが、私に一番あった幸せな人生の生き方だと思っています。

小林 博重

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石川県の地域活性化と[OUEN塾in金沢/石川]

昨日は、1週間の金沢出張の整理に加え、今までの石川県と富山県に関する名刺の整理で1日が過ぎました。
一冊の名刺ファイルに五十音順に案件毎に整理すると、これから[OUEN塾in金沢/石川]がスタートするのだと気合いが入ります。 北陸出張のみならず、東京では様々な県に関するイベントがあり、私はできるだけ参加しています。

1.石川県人会
2.東京金澤CLUB
3.石川県人祭
4.明倫館OB会(一金会)
5.趣都金澤
6.ミニ石川県人会(個人的繋がりの会)
7.石川赤門会
8.金沢大学附属高校同期会
9.ビジネス関連(石川県と富山県)

[OUEN塾in福岡・北九州]では、3年間に亙る活動でそれなりの人脈ができましたが、石川県は私の出身地であることもあり、半世紀に亙り培ってきた人脈の多さや深さは福岡県の比ではありません。 石川県の人脈と福岡県での実績を加え、石川県でのOUEN塾は何が何でも成功させなければなりません。

石川赤門会会長の水野一郎さんは日比谷高校〜東大(工学部建築学科)卒ですが、金沢工大副学長まで務められて金沢市の街づくりではなくてはならない御仁です。勿論、金沢市に居を構え石川県の住人でいらっしゃいます。
私は石川赤門会の会員は殆どが石川県の高校を卒業せた東大OB・OGだと思っていましたが、豈図らんや、水野先生のような、石川県にお生まれでない、石川県が気に入って石川県人になった方々が3割近くもいらっしゃるのです。 その理由は、石川県は大学が多く、大学から招聘されて教鞭を執ってそのまま移住する人が多いからなのです。
石川県は、人口に対する学生の比率は福岡県とほぼ同率であり、金沢市に限るとその比率は京都市にも匹敵するのではないでしょうか。旧制第三高等学校の京都に対し、第四高等学校の金沢です。

石川県商工労働部は、如何にUターンやIターンの学生を増やそうかと必死になっています。
石川県が[OUEN塾in金沢/石川]を後援していただくのは、彼らのミッションの補完イベントとしてOUEN塾を捉えていただいているからだと思います。

そのため、東京リーダーの東京での活動ミッションは、石川県出身の東京で学ぶ学生たちが[OUEN塾in金沢/石川]に多く参加してもらうことにあります。

このように、OUEN塾は福岡県と石川県の地域活性化のために貢献するイベントなのです。
地道に実績を積み上げて、県市から厚い支援がいただけるイベントにしていきたいと思います。

小林 博重

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私が応援する福岡・北九州と金沢

4泊5日の金沢出張を終えて、北陸新幹線「はくたか」で東京に帰ります。
「かがやき」の座席指定を取っていたのですが、訪問先が入り、自由席がある「はくたか」で帰ることになりました。各駅停車の「はくたか」でも16:50金沢発〜20:00東京着で3時間10分の乗車時間です。 お酒とつまみと夕食の弁当を買って、ほろ酔い気分で東京に帰ることができるのです。これでは、私の場合、小松からの飛行機では帰るメリットは全くありません。

北陸新幹線で金沢は完全に全国区になりました。京都の小型である小京都ではありません。金沢独自で堂々と全国に世界に打って出るところまで来ました。

OUEN塾に関しては、福岡+北九州の250万人の地方都市とは対抗する思い上がりはありませんが、全国どこにもない差別化した金沢の魅力は自信を持ってアピールできることだと思います。

私は、人生は個性の勝負と思っています。大きくても、どこにでもあるような人間や都市では、人を惹きつける魅力ある人や都市ではありません。 そんなことを考えると、私も金沢も同じようだなと、ちょっと嬉しい気分になります。

私が応援する福岡や北九州、金沢は、私と同期する親近感を持つのです。
好きになってナンボ、差別化できてナンボ。
これは人生とても同じこと。そんな人生を送りたいものです。

小林 博重

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片町2丁目『味の小径 富来』

宿泊している「風と翼」から歩いて2分程度か。片町の大通りに出るまでに『味の小径 富来』はあります。

富来(とぎ)町は、平成の大合併で志賀町に併合された能登半島外浦の町です。私が生まれた中能登町の隣町です。
片町通りの犀川大橋北詰から右に入ってゲストハウス「風と翼」までの一方通行の小道に面しています。富来という懐かしい名前に惹かれ、「風と翼」の管理人の小林さんのお薦めもあり、山本美沙さんの石川県庁就職お祝いを『味の小径 富来』の個室で行いました。

焼酎のボトルも入れて、日本海の美味を堪能しながら、あっという間の3時間でした。

石川啄木
「ふるさとの訛り懐かし停車場の人混みの中にそを聞きに行く」
岩手県出身の啄木は、東京上野駅の人混みの中に出かけて東北弁を聞き、ふるさと岩手を懐かしんだのでしょう。

同じく、私も『富来』で「能登の訛り懐かし」というところです。

能登ごころを味に咲かせて、味の小径 『富来』
金沢市片町2丁目30-4 霜 外次 さん

15歳で能登を離れて半世紀になります。やはり「ふるさとはとおきにありておもうもの」です。
遠くて近くなった東京から思うふるさと「能登」は懐かしく、いい思い出しか思い出しません。この金沢に来ていても、能登は近くて遠いのです。それでいいんだと思います。金沢から能登を思うくらいなのがいいのです。

小林 博重

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山本美沙さんとの久しぶりの再会

北國銀行前田専務を訪問し、[OUEN塾in金沢/石川]の進捗状況をご説明しました。
石川県に絞ったこと、金沢市をイベント名に入れたことをお話しし、協賛のお願いとお取引先のご紹介をお願いしました。
前田専務からは、全てにおいてご了解いただき同行として前向きにご対応いただける旨、お話しをいただきありがたい次第でした。
また、前田専務から「石川県が後援いただく以上、金沢と加賀、能登とのバランスは大切だ。北國銀行の取引先で能登でご紹介したい会社もある」と。ありがたいことです。

夕方に、今年石川県県庁に入庁した、東大応援部後輩の山本美沙さん(金沢大学附属高校の後輩でもあります)を片町2丁目の「金沢富来」にて就職のお祝いをしました。能登のお魚を堪能し、楽しいひと時を過ごしました。これから、彼女が石川県のために頑張ってくれることを祈っています。

早いもので、明日は金沢星稜大学稲置理事長と金沢学院大学太茂野副理事長を訪問します。浦建築研究所の浦社長と鈴野専務にご同行いただきます。ありがたいことです。

応援とは双方向のコミュニケーションである。人のために尽くすことが即ち自分のために尽くすことである。
山本美沙さんと久しぶりに会って、楽しく応援談義をしました。歳は40歳以上違いますが、高校と大学のクラブの可愛い後輩です。

明日は4泊5日の出張を終えて東京に帰ります。たくさんいいことがありました。
また1ヶ月後の金沢出張を楽しみにして、金沢を後にしたいと思います。

小林 博重

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[OUEN塾in金沢/石川]のスタート

昨日は金沢工業大学水野先生(元副学長)を訪問し、[OUEN塾in金沢/石川]実行委員会顧問をご快諾いただきました。
泉屋理事長をご紹介いただき、同大学もOUEN塾にご協力いただけることになりました。

石川事務局長にはツエーゲン金沢の西川代表取締役GMにお願いし、そのサポートをライクスタッフィングの小倉支社長にお願いしました。

実行委員には、後援いただく石川県と金沢市からもご就任いただき、後は大学と企業へのお願いです。

大学は、金沢大学、金沢工業大学、金沢星稜大学、金沢学院大学、北陸大学、金城大学、石川県立大学にお声をかけようと思います。

会長と副会長へのご就任のお願い、北國銀行や北國新聞社へのお願い等、10月の実行委員会設立のために、2ヶ月間詰を怠ることなく対応したいと思います。

協賛企業は金沢と加賀、および能登とのバランスを考えなければなりませんし、業種、企業規模等も考慮しなければなりません。
私のふるさとですが、殆ど知らないことばかりで、50年近くもふるさとを離れているのですからこれも当然なことです。

昨夜は、浦社長に『中能登の会』を催していただきました。
杉本町長他、中能登にご縁がある方の集まりで、ふるさと中能登の話に花が咲きました。
私が一番驚いたのは、中能登に約200名の外国人が働いているのだとか。東南アジアや中国・韓国の人が中能登にある工場に働いていらっしゃることです。旧鹿島町、鳥屋町、鹿西町の三町が合併して中能登町ができたのですが、中学校や小学校は統合され、私が卒業した能登部小学校は鹿西小学校に変わり、鹿西中学校は中能登中学校に統合され、今はその活用方法を模索しているとか。 様変わりのふるさとの町に時の経過を感じざるを得ませんでした。

OUEN塾in金沢/石川は、金沢や加賀のみならず、能登にも光を当てるイベントにもしたいと思います。

人口が減少しているから地域活性化はできないと短絡的に考えないで、それだからこそコペルニクス的転回で地域活性化を考えることが必要です。OUEN塾をそのきっかけにすることができたらと思いました。

小林 博重

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ふるさとはとおきにありておもうもの

自由民主党総裁選に岸田さんは出場しないとか。安倍さんと主義主張が違うというのに禅譲狙いなのか。
これでほぼ安倍-石破の一騎打ちの公算が大きくなったような。
日本の総理大臣を選ぶ総裁選なのにどうでもいい気がしています。それだけ今の政治家に人間的魅力がないということなのか。アメリカもよく似たものです。

いつの時代も、昔は良かった、尊敬できる政治家は昔はいたのに、ということなのか。今の政治家も後の世になったら立派な政治家と言われるのだろうか。政治とはそんなものなのか。よく分かりません。 少なくとも、私には尊敬できる政治家は今の日本にはいないということ。寂しいことです。

[OUEN塾in金沢/石川]は、石川県や金沢市の後援をいただける方向になり、後は金沢経済同友会の後援もお願いしたいと考えています。 このイベントは学生が主体となるものですから、金沢大学をはじめとする主要大学のご理解とご支援をいただきたいと思います。
そして、10月には実行委員会を立ち上げ、協賛企業と学生リーダーの募集活動をスタートさせます。
来秋の開催までは後1年強しかありませんが、福岡の実績を踏まえて成算ありと考えています。これも私のふるさとであるからの思い入れなのかもしれません。

金沢とのご縁は高校時代の3年間だけですし、生まれた能登も中学生までの15年間であり、今は実家もありません。しかし、それがふるさと。いくら東京の生活が長くなっても子どもの頃の思い出は懐かしく心の奥底に堆積しているのです。 「ふるさとはとおきにありておもうもの」とは、それは真実ですね。

今夕、浦社長が「中能登会」を企画していただきました。中能登町は七尾市と羽咋市の間にあった3つの町(鳥屋町と鹿島町と鹿西町)が平成の大合併で合併した町です。鹿島郡なのですが、鹿島郡の他の町は七尾市と合併したので鹿島郡=中能登町になりました。
山田修路参議院議員の話では、中能登町はなかなか頑張っているとか。山田さんは杉本町長のことを話していましたので、今日は杉本町長にお目にかかることを楽しみにしています。当に「ふるさとはとおきにありておもうもの」です。

ふるさと石川県のために少しでも貢献したい。
高校時代は政治家志望の若者が、今は一匹狼のプー太郎ですが、ふるさとへの想いは変わらない。天が私に命じたことはこんなことだったのかとも思います。 気を引き締めて、ふるさと石川のために尽くしたいと思います。

小林 博重

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謡が降る街、影笛聞こえる街、金沢

北島三郎の『加賀の女(ひと)』
♫謡が降る降る加賀宝生の♫

川中美幸の『金沢の雨』
♫影笛聞こえる茶屋街の♫

金沢は歴史と文化の街です。それが日常の生活の中にそのまま溶け込んでいる情緒あふれる地方都市です。

昨日の「小太郎」の大将も宝生流の謡に造詣が深く、お店のカウンターの壁面には二つの能面が飾ってありました。
金沢は「能楽の街」なのです。植木職人が梯子に登って植木を剪定している時、謡を唄うのだそうです。だから、町家の2階から謡が降るように聞こえてくるのだとか。北島三郎の『加賀の女』の歌詞にも、♫謡(うた)が降る降る♫とあります。

今朝、ゲストハウス「風と翼」の管理人の小林さんの奥さんと話していた時に「影笛」をご存知ですかと聞かれました。そういえば、川中美幸の『金沢の雨』に♫影笛聞こえる茶屋街の♫という歌詞がありました。 茶屋街では、お客様に芸事をご披露する時は、音曲は影で隠れて演奏するのだとか。

昨日、ユニパックの松江社長が「小太郎」で仰っていらっしゃいましたが「私が住んでいる川口市は60万人だが、人口が多い東京の衛星都市で、文化の香りという点では金沢市の足下にも及ばない。金沢は実に魅力的な素晴らしい街だ」と。私もそう思います。

「小太郎」さんは、金沢では皆さんよくご存知の「鍋料理の小太郎」なんだとか。
8月の出張のおりにも訪ねてみたいお店です。焼酎のボトルも入れたことですし。

小林 博重

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金沢片町の「小太郎」

ユニパックの松江社長と金子次長を浦建築研究所鈴野専務にご紹介しました。
お二人は北陸新幹線で大宮からいらっしゃいました。日帰りの出張です。
同社の洗浄フィルターを石川県に拡げるために石川県でトップの浦建築研究所とのコラボ狙いでの来沢です。

商談が4時過ぎに終了したので、少し早いのですが、何処か美味しいお酒と肴のお店がないか、との松江社長のご依頼なので、私が宿泊している片町のゲストハウス界隈で開いているお店を探しましたが、時間も時間なので殆どのお店はまだ準備中で開いていません。 唯一、片町の鍋料理の店「小太郎」が開いていたので入りました。
これがなかなかのお店だったのです。夏は鰻ということで「鰻鍋」。これがなかなかの美味です。出汁は関西風で、最高級の鰹と昆布なんだとか。能登の天然の牡蠣は大振りで肉厚。 お酒は富山の若鶴のOEMで、これもまた美味。
ゲストハウスから歩いて2〜3分の狭い路地にある小洒落たお店です。焼酎のボトルを入れました。

金沢 「小太郎」
住所:金沢市片町2-30-12
電話:076-221-4056

店主は大洞孝則さん。昭和26年生まれ。私の1年先輩です。富山県高岡市のご出身。奥さんの女将さんは金沢生まれの品の良い方でした。 常連のお客様が殆どだとか。リピーターが新しいお客を呼びます。リピーターが多いお店は美味しいこともさることながら、店主や女将さんの人柄がいいんです。 焼酎のボトルも入れたことですし、8月に来た時にまた来ようと思います。

小林 博重

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7月の金沢出張にあたり、

7.23 04:00 最高血圧 121/最低血圧 59

東京発6:16-金沢着8:46の「かがやき501号」で金沢に向かいます。2時間30分の旅です。
大学時代は信越線-北陸線の夜行急行「能登」か、東海道新幹線米原経由の「雷鳥」で帰省していました。金沢までは5〜8時間でした。実に隔世の感があります。

北陸新幹線が開業して3年が経ちますが、金沢の誘客数は落ち込んでいないのだとか。新幹線が開業して最初の1年は誘客は増えるものの2年以降は逓減するのが一般的なのですが金沢はその常識が当てはまらないらしい。 金沢は歴史や文化、自然と総合的な魅力ある観光地であり、バックには能登半島や加賀温泉郷を擁しており、それが金沢の魅力を一層引き立てているものと思われます。 冬は雪で難儀しますが、東京から2時間半という時間距離が一層魅力を高めているのです。
また、金沢は旧制第四高等学校があった学都であり、今でも金沢大学をはじめとする多くの大学があり、「学生の街」でもあります。
その地域の人口に対する学生数の比率は、トップは京都、続いて東京、大阪と続きますが、第4位と第5位は福岡と石川で、その差はコンマ以下の僅差です(地域活性化をテーマにした地方で開催する[OUEN塾]は、たまたま福岡と金沢/石川だったのは全く偶然ですが、学生が主体となるイベントであればそれは当然なことだったのです)。

[OUEN塾in金沢/石川]は、早々に石川県や金沢市が後援の方向で前向きに考えていただいており、私や浦建築研究所浦社長の人脈、NPO「趣都金澤」や東大同窓会「石川赤門会」のネットワーク等、ゼロからのスタートだった福岡とは全く環境が違います。 来秋の開催はリーズナブルではないかと思っています。

まずは実行委員会の立ち上げですが、福岡・北九州は9月ですので、金沢/石川は10月を考えています。これは浦社長と今週ご相談します。

OUEN塾の地方開催は、当初は旧帝大がある都市を考えていました。札幌、仙台、名古屋、京都、大阪、福岡です。
しかし、最初にアプローチした京都はさまざまなイベントを開催しており、その時はOUEN塾も方向性が見えなかったこともあり頓挫しました。 大阪は偉大なる地方であり、地域活性化の切り口では難しい。そんなわけで、私のふるさとである金沢/石川になったのです。
福岡が軌道に乗った段階で、次は北の大地札幌がいいのではないか。私も2年間勤務した都市でもあります。

何よりも、福岡・北九州と金沢/石川を不動のものにすることです。それでこそ次のステップに行くことができます。
コツコツコツコツ。これが大事です。

小林 博重

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