6.15.19:00 血圧 116-61

今日は東大応援部-赤門鉄声会のことで、鉄声会副幹事長の小池千佳子さんと1時間以上に亙り意見交換しました。
話は最後には応援哲学・生き方哲学の話になり、これも私たちが世代は違っても同じ応援部で汗水流したからなのでしょう。当に応援は生きる哲学なのです。

私が現役の時は、試合や練習が終わって夜になると、一杯やりながら[応援談義]に花を咲かせたものでした。

神宮の東京六大学野球では東大はなかなか勝てないのですが、その当時の東大の応援は、点数が開くと、それまで「勝つぞ勝つぞ東大」と言っていたものが突然「頑張れ頑張れ東大」に変わりました。 私はどうしてもガッテンが行かず、主将になった時に全て「勝つぞ」に変えました。
応援の力がどれだけ試合の勝ち負けに関わるのかと言ったら、それは数字では表せないだろうし、数字で表すものでもありません。選手は背中に応援の声がきっと聞こえているでしょう。「勝つぞ」が「頑張れ」になった時、選手たちは、応援団は負ける応援をしてくれていると思うでしょう。 試合は選手がするもので応援団の力で勝つものではありませんが、やはり「勝つぞ」と言って応援することが『応援の真髄』なのではないだろうか。

私は応援部に入って、応援部の先輩や後輩との温かい繋がりを知ることができました。これが私の財産になっていますが、それと同じくらい、いやそれ以上に財産になったものは、『応援の哲学=生き方哲学』が私の血肉になって今も生き続けていることです。 応援部現役は応援人生の前座、基礎講座のようなものです。本番は卒業してから棺を覆うまでの社会人人生です。
私の場合、人生の応援は分かるまでが時間がかかる。やっと還暦を過ぎてからようやく分かり始めた、この上ない晩稲(おくて)です。その分だけ、長生きして、人生の応援をしなければならないということです。

応援活動をしている応援団員はどれだけ応援の真髄を追求しようと思っているのだろうか。はなはだ疑問のところですが、OUEN Japan では、その『応援の真髄』を自分の経験を通じて分かる活動をしてほしいと思っています。

生涯応援団。
老いてますます盛ん。
人は人のために生きる。
それが応援の真髄です。

小林 博重

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