髙橋忠一さんのこと

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一年振りの信交会は約280名のOBOGが集まり、いたるところで懐かしい会話が弾んでいました。
安田信託銀行はみずほグループの傘下になり、みずほ信託銀行と名前を変えました。合併した他の銀行とは違い、安田信託銀行がそのままみずほ信託銀行になったのですが、トップは旧富士銀行であり、経営幹部の半数以上も旧富士銀行や旧第一勧業銀行、日本興業銀行ですから、やはり私が在籍していた安田信託銀行とは別の銀行になったことは致し方ありません(本音を言ったら卒業した銀行という思いは殆どありません)。そのことは一抹の寂しさを感じます。

今回は、懐かしい人たちの中で、一際懐かしい人とじっくりとお話しができました。

私が神戸支店の時の次長で、私を人事教育部に呼んでいただいた髙橋忠一(ただかず)さんです。みんなから親しみを込めて「忠(ちゅう)さん」と呼ばれていらっしゃいます。昭和35年入社ですから私より15歳は歳上。80歳か81歳か。傘寿のお歳です。

私にとって、あまり性に合っていないと言われた銀行でしたが、この人事部門(人事教育部〜人事企画部)は水を得た魚の如しで、計7年も在籍していました。おかげで他の部署では使い物にならず人事部は自らが招いたこととはいえ、私の次の人事は難産だったのです。

この方は、お堅い銀行の人事部長とは正反対の実にユニークな採用をされました。そして、その一兵卒がこの私でした。

忠さんは慶應義塾大学卒ですが大学からの慶應です。
慶應のOBOG会は三田会といって、大学OBOG会の中では屈指の団結力があります。その中心が良くも悪くも慶應幼稚舎〜慶應中〜慶應高〜慶應大の生え抜きなのだそうな。

私は信託銀行志望の成績優秀な学生を採用しようと思っていたのですが、忠さんは、「それではダメだ。そんな当たり前のどこでもしていることをしてはダメだ。いつまでも三菱、住友、三井の後塵を拝する二流信託のままだ。その道の本流を採れ。慶應らしい本流の学生を採れ。これぞ慶應という、1つ秀でたものを持った学生だ。優の数なんかは関係ない。たとえ優がゼロでもこれが慶應だと思う学生がいい。そんな学生を探してこい。慶應だけではないぞ。東大も一橋も上智も早稲田も明治も法政も立教もだ。角がある学生がいい。どうせオールラウンダーなんかは安田信託には来ないのだから、1つだけでいい、誰にも負けない秀でたものを持っている学生がいいんだ。優等生は要らない」とまぁ、そんなことです。

私が学生と一杯飲み屋で(当時はそんな時代でした)たらふく呑んで食べているところに白髪のおじさんがフラッとやって来るのです。学生は変なおじさんと思って一緒に呑んでいるのですが、その人が誰あろう採用の全権を掌握している人事部長です。 その学生が最終面接にまで行ったら「アッと驚く為五郎」です。とても面白い人事採用でした。今ではそんな面白い人事採用はないのでしょうね。

私たちは人を採るのです。人間を、人物を採用するのです。
私は忠さんとは20年はゆっくり話をしていませんでした。安田信託を退職する時にお話ししたのが最後だったのかなと思います。

久しぶりに当時の八方破れの採用の話に興奮し、私が今、OUEN Japan(OUEN塾)でやろうとしていることはこんなことなんだ、人間を創ることなんだと思い、胸が熱くなりました。

青春はいたるところにあります。大学応援部の4年間、安田信託人事の7年間、そしてこれからOUEN塾の35年間。当にこれぞ青春です。

そんな熱い想いが蘇った安田信託銀行の『信交会』でした。

小林 博重

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