2018年 6月 4日の投稿一覧

正々堂々と生きる。

人は何のために生きるのか。
人は人のために生きるのだ。

そして、自分一人ではできることが限られているために、人は組織を作り、多くの人のために尽くそうとするのではないか。
その想いの最たる人が、政治家であり、官僚なのではないか。

財務官僚がした改竄行為は、何のために、誰のためにしたことなのか。
それは決して国民のためではない。自分の出席のために、保身のためにしたことだろう。国のトップを守ろうという、宮仕えの悲しい性だ。人(国民)のためではなく自分を守ってくれるだろう組織(トップ)のために、恥ずべき改竄をしたのだ。 その結果はどうだ。自分が守ろうとした、そして自分を守ってくれるだろうと思い込んでいた組織(トップ)は情け容赦なく切り捨てたのだ。 財務官僚は公僕としてしてはならないことをしたのだから、その罪は甘んじて受けなければならない。しかし、小市民的な発想からは悲し過ぎる人ではある。

やはり、人は人のために生きなければならないと思う。天に恥じることのない生き方をしなければならないと思う。
忖度したところで、忖度された人は感謝などしない。逆にその人を叩き斬る。そんなものだ。
やはり、人は人のために生きなければならぬ。

人生は損得で生きてはならない。少しでも姑息な心があってはならない。正々堂々と真っ直ぐな人生を送らなければならない。
そうなんだ。人生には大義がなければならないのだ。

小林 博重

iPhoneから送信

髙橋忠一さんのこと

一年振りの信交会は約280名のOBOGが集まり、いたるところで懐かしい会話が弾んでいました。
安田信託銀行はみずほグループの傘下になり、みずほ信託銀行と名前を変えました。合併した他の銀行とは違い、安田信託銀行がそのままみずほ信託銀行になったのですが、トップは旧富士銀行であり、経営幹部の半数以上も旧富士銀行や旧第一勧業銀行、日本興業銀行ですから、やはり私が在籍していた安田信託銀行とは別の銀行になったことは致し方ありません(本音を言ったら卒業した銀行という思いは殆どありません)。そのことは一抹の寂しさを感じます。

今回は、懐かしい人たちの中で、一際懐かしい人とじっくりとお話しができました。

私が神戸支店の時の次長で、私を人事教育部に呼んでいただいた髙橋忠一(ただかず)さんです。みんなから親しみを込めて「忠(ちゅう)さん」と呼ばれていらっしゃいます。昭和35年入社ですから私より15歳は歳上。80歳か81歳か。傘寿のお歳です。

私にとって、あまり性に合っていないと言われた銀行でしたが、この人事部門(人事教育部〜人事企画部)は水を得た魚の如しで、計7年も在籍していました。おかげで他の部署では使い物にならず人事部は自らが招いたこととはいえ、私の次の人事は難産だったのです。

この方は、お堅い銀行の人事部長とは正反対の実にユニークな採用をされました。そして、その一兵卒がこの私でした。

忠さんは慶應義塾大学卒ですが大学からの慶應です。
慶應のOBOG会は三田会といって、大学OBOG会の中では屈指の団結力があります。その中心が良くも悪くも慶應幼稚舎〜慶應中〜慶應高〜慶應大の生え抜きなのだそうな。

私は信託銀行志望の成績優秀な学生を採用しようと思っていたのですが、忠さんは、「それではダメだ。そんな当たり前のどこでもしていることをしてはダメだ。いつまでも三菱、住友、三井の後塵を拝する二流信託のままだ。その道の本流を採れ。慶應らしい本流の学生を採れ。これぞ慶應という、1つ秀でたものを持った学生だ。優の数なんかは関係ない。たとえ優がゼロでもこれが慶應だと思う学生がいい。そんな学生を探してこい。慶應だけではないぞ。東大も一橋も上智も早稲田も明治も法政も立教もだ。角がある学生がいい。どうせオールラウンダーなんかは安田信託には来ないのだから、1つだけでいい、誰にも負けない秀でたものを持っている学生がいいんだ。優等生は要らない」とまぁ、そんなことです。

私が学生と一杯飲み屋で(当時はそんな時代でした)たらふく呑んで食べているところに白髪のおじさんがフラッとやって来るのです。学生は変なおじさんと思って一緒に呑んでいるのですが、その人が誰あろう採用の全権を掌握している人事部長です。 その学生が最終面接にまで行ったら「アッと驚く為五郎」です。とても面白い人事採用でした。今ではそんな面白い人事採用はないのでしょうね。

私たちは人を採るのです。人間を、人物を採用するのです。
私は忠さんとは20年はゆっくり話をしていませんでした。安田信託を退職する時にお話ししたのが最後だったのかなと思います。

久しぶりに当時の八方破れの採用の話に興奮し、私が今、OUEN Japan(OUEN塾)でやろうとしていることはこんなことなんだ、人間を創ることなんだと思い、胸が熱くなりました。

青春はいたるところにあります。大学応援部の4年間、安田信託人事の7年間、そしてこれからOUEN塾の35年間。当にこれぞ青春です。

そんな熱い想いが蘇った安田信託銀行の『信交会』でした。

小林 博重

iPhoneから送信

安田信託銀行OBOGの『信交会の集い』

今日のお昼は九段下のホテルグランドパレスにて安田信託銀行(現、みずほ信託銀行)のOBOG会である『信交会』の年1回の懇親会があります。ずっと欠席していたのですが昨年は久しぶりに出席しました。今回も出席する予定です。

昭和51年に入社して平成9年5月までの21年間勤めました。殆どの友人知人が「小林は銀行には向かない」と言っていたのに、よく20年以上勤めることができたと思います。 安田信託に入社したことで妻と結婚し3人の子どもたちにも恵まれました。
勤務地は東京の他、地方では神戸と札幌です。社員の自己申告書の赴任したい地方では札幌、福岡、神戸がベスト3です。その2つに赴任できたことはいい思い出です(福岡もOUEN塾で、毎月3〜4日は出張しています)。 また、人好きな私にとって7年間の人事部勤務は、東大応援部の4年間に匹敵する有意義な時間でした。
今のOUEN&Mapにも大いに役に立っています。
全ての点で私はサラリーマンとしては恵まれていたのだと私に訪れた全てのことに感謝しています。

バブルが弾け、私から見たら180度、銀行の方向性が転換してしまったことや稲盛和夫さんに巡り会ったことの2つが原因で、21年間勤めた銀行を退職することになりました。それから20年以上の年月が経ちました。銀行勤務の年月を超えてしまったことは1つの感慨でもあります。

私にとってサラリーマンは既に遠い存在になりました。物事の見方・考え方はサラリーマン的発想からフリーランスの発想になっています。数年前に『フリーエージェントの到来』という本がベストセラーになりましたが、21世紀は当にフリーエージェントの時代なのだと思います。

ここまでくると、一匹狼は強いものです。前期高齢者の範疇に入った今、やはり一匹狼は逞しく雄々しいのです。
価値観が違う。偉い偉くないの基準が違う。最後までサラリーマンを続けた人たちはなかなかサラリーマン時代の価値観から抜け出すことができない。私にしては「面白くない人間」になってしまう人が多いのではないかと思います。

あと、35年弱の現役生活があります。「何を寝ぼけたことを言っている」と思う人が殆どでしょうが、私はいたって真面目。嘘でもホラでもありません。現実なのです。

今日の『信交会』では、お世話になった21年間を振り返り、感謝して、新たな35年の現役生活のスタートにしたいと思います。

小林 博重

iPhoneから送信