『百歳人生を生きるヒント』(五木寛之著。日経プレミアシリーズ)を読み直しました。
一度読んだ本でも、その後の様々な経験や思いの変化で新しい本を読んでいると思うことがあります。

100歳人生が急に現実のものになったような気がします。人間の平均寿命は毎年少しずつ伸びているわけで、今更ながら100歳人生になったわけではありませんが、世の中が政府をはじめとしてこのフレーズを姦しく叫んでいるせいでもあります。

私は50歳を境にサラリーマン人生を卒業したのですが、今になって考えると、もしサラリーマンを続けていたら、これからの人生はお先真っ暗になっていたのではないかと、結果オーライですがいい選択をしたものだと我が幸運を喜んでいます。

論語では、志学(15歳)-而立(30歳)-不惑(40歳)-知命(50歳)-耳順(60歳)-従心(70歳)。
また、古代インドでは、「学生期」(0〜25歳)-「家住期」(25〜50歳)-「林住期」(50〜75歳)-「遊行期」(75歳〜)と言い、中国の陰陽五行説では、それぞれ「青春」-「朱夏」-「白秋」-「玄冬」と四つの季節に分けて考えるそうな。 織田信長は謡の「敦盛」で「人生五十年」と謡い舞ったとか。

私独自の発想からは、人生は120年であり、100年は現役人生のこと。
現役はゼロ歳から50歳までの50年間で一生は終わる。私の場合、30年弱のサラリーマン人生を卒業して一生を終えました。
第2の現役人生は50歳で生まれ変わり、100歳までの50年間。これが私の二生の現役人生です。
一生と二生は二期作ではなく二毛作です。同じ人生は送らない。一生に学んだ人生経験を有意義に活かして、ブラッシュアップした二生を送る。天から与えられた私固有の能力を最大限に発揮すること、最高のコストパフォーマンスを発揮することが肝要です。 二生こそ、生きる意味を実現する50年間なのです。

ここでのポイントは、一生と二生は同じ身体であるということ。サミュエル・ウルマンの「青春」は「若さは歳ではなく思い」ということで、身体の老化は避けがたい現実であることを絶えず念頭に置くことです。心は青春であっても、私の身体は白秋である現実に真正面から向き合うことです。

五木さんは、60代は「再起動」、70代は「黄金期」、80代は「自分ファースト」、90代は「妄想のとき」だと言います。
私は100歳まで現役ですので、「自分ファースト」や「妄想のとき」は、100歳からの20年間に譲りたいと思います。

長すぎる人生を如何に充実して生きるか。しっかりと「自分哲学」を持って生きることです。

小林 博重

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