SDGsの理念は、OUEN Japanの理念

8.16 19:00 最高血圧117-最低血圧61

お盆休みが終わった頃かと思って福岡・北九州と金沢にテレアポをしましたが、約半分はまだ休みのようです。お盆休みは16日までの会社も多くあるのでしょうか。こちとらは貧乏暇なし、年中無休で仕事を楽しんでおります。

サラリーマン時代はどうしても仕事は給料をもらうための替わりの義務的な要素が多かれ少なかれありました。
フリーランスで働くと仕事は稼ぐ前に面白いとか、人が喜んでくれるとかの要素が大きくなり、それにお金が付いてくるのでなければ長続きしないと思うようになりました。

国連が採択した「持続可能な開発目標(SDGs=Sustainable Development Goals)」は日本でも取り組み機運が高まってきたとか。

SDGsが掲げる目標は17ありますが、この中には個人にとってもこれから如何に生きていくのか、如何に仕事をしていくのかの座標軸にもなります。

例えば、私個人を考えても、
1.健康
2.教育
3.ジェンダー平等
4.働きがい
5.住み続けられるまちづくり
6.平和と公正
7.パートナーシップで目標にチャレンジ
これらは私個人(Map&OUEN Japan)の目標でもあります。

国連広報センターの根本かおる所長は、日本人はSDGsの理念と非常に親和性があるとのコメントを言われています。私もそう思います。

〜自然と対峙するのではなく、共生するという考えは日本社会に色濃くある。ビジネスの世界でも近江商人の「三方よし」の考え=売り手よし、買い手よし、世間よし、がある。これに、「将来よし」「地球よし」が加わって「五方よし」がSDGsだと思う〜

OUEN Japanを拡げていくと、この「五方よし」になるのではないか。

夢を大きく。
持続可能な開発目標SDGsの理念をOUEN Japan も追求していきたいと思います。

小林 博重

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感謝の五徳

元京都大学総長故平澤興先生の講演集を読みました。
題目「生きている奇跡に感謝する」には[感謝の五徳]が述べられています。

[感謝の五徳]
感謝することで5つの徳が身につく。徳は得につながります。

感謝することで、

1.心が安らぐ。
感謝すると穏やかな気持ちになります。心が安らぐのです。

2.内臓が強くなる。
心が安らぐから、ストレスから解放されて、胃腸の働きが活発になります。

3.健康になる。
1と2から当然健康になります。

4.過労状態にならない。
疲れてもぐっすり眠ることができ、疲れが翌日に残らないのです。

5.表情が麗しくなる。
素直な心になり、表情が豊かになり、顔だちが美しくなります。

今回、北九州市立大学から11名の学生さんがOUENリーダーに加わってくれました。ありがたいことです。学生さんに深く感謝します。そんなことがあって平澤先生のお話は深く心に残りました。

*人は一人では生きていくことができませんから、必ず人さまの助けがあって成功があります。そのことに感謝すること。
*たとえ自分に素晴らしい能力があると思ってもそれは人さまに尽くすために天が与え給うたものだと、能力があることを驕ることなく謙虚な心を持つこと。 *素直な心で全ての物事を見ること。

『感謝と謙虚と素直』は幸せの原点です。

小林 博重

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終戦記念日にあたり『母は強し、女性は強し』を痛感する 。

今日は、73回目の終戦記念日です。8月は『戦争と平和』を考える月と思います。

この前、スマホのPrime Videoで向井理さん主演の「永遠のゼロ」を視聴しました。果たして、特攻とは何だったのでしょうか。戦況が厳しくなる中で決行せざるを得ない特攻とは何だったのでしょうか。
国民の幸せのために已むを得ず始めた戦争が、「一億総玉砕」の掛け声の下に、国民が全員玉砕しても闘うというのは、全く以って矛盾以外の何者でもありません。男の意地とか大和魂とか、そんなヤクザ紛いの掛け声は男が日本を仕切っているという傲慢さから発せられるものです。 戦後73年が経ち、ようやくダイバーシティが日の目を見る時代になりました。

「母は強し」「女性は強し」です。
21世紀は当に女性の時代にしなければ日本の再生はないのです。

海軍が開発し、山口県周南市大津島を基地とした秘密兵器「回天」は、零戦と同じく海の特攻隊(人間魚雷)です。
その特攻隊員の一人の弱冠18歳な青年が、任務の直前に母親に宛てた遺書は涙なしでは読むことができません。

「お母さん、私は後3時間で祖国のために散っていきます。胸は日本晴れ。本当ですよ。お母さん、少しも怖くない。
しかしね、時間があったので考えてみましたら少し寂しくなってきました。
それは、今日私が戦死した通知が届く。お母さん。お父さんは男だから分かっていただけると思いますが、お母さんは女だから優しいから、涙が出るのではありませんか。弟や妹たちも兄ちゃんが死んだといって寂しく思うでしょうね。お母さん、こんな事を考えてみましたら私も人の子。やはり寂しい。
しかしお母さん。考えてみてください。今日私が特攻隊で行かなければどうなると思いますか。戦争はこの日本本土まで迫って、この世の中で一番好きだったお母さんが死なれるから私は行くのですよ。お母さん。 今日私が特攻隊で行かなければ、年をとったお父さんまで銃をとるようになりますよ。
だからね。お母さん。今日私が戦死したからと言ってどうか涙だけは耐えてくださいね。でもやはり駄目だろうな。お母さんは優しい人だから。 お母さん、私はどんな敵だって怖くはありません。
私が一番怖いのはお母さんの涙です」

今の日本の平和は、このような人たちの犠牲があって成り立っていることを忘れてはならない。そして、絶対に戦争はしてはならないと肝に銘じなければなりません。

終戦記念日にあたり『母の力、女性の力』に思いを致し、「これからの日本はダイバーシティが日本を救う」ことを改めて思いました。

小林 博重

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メンターであり可愛い子どもでもある[OUEN塾]

8月11日から15日まで、世間でいうところの「お盆休み」は今日が最後です。お盆休みといっても平生とは何も変わることはありません。 お客様がお盆休みのところが多く、私は猛暑の中、クーラーが効いた事務所で読書と仕事の整理とビジネスメールを発信します。

昨日は野田聖子さんの日本のトップにチャレンジする意気のいい『みらいを、つかめ』を読み、OUEN学生リーダー向けに、9月5日の[OUEN塾in福岡・北九州]実行委員会への参加の可否のメールを20通以上発信しました。

私から見れば、政治は醜いもの、経営は心がピュアであれば必ず成功するものと、特に昨今の事件に思いを致すと、そのように思うものです。 しかし、政治がしっかりしないと日本は漂流することになるわけで、『西郷どん』のような無私利他の政治家が登場してくれることを切に願うものです。

果たしてそのような政治家が今の政界にいるものだろうかと考えると、日本を救うのはバランス感覚豊かな女性政治家なのではないかと思うのです。例えば、小池百合子さんや野田聖子さんなど。ちょっと小池さんは外連味がありすぎますが。

OUEN学生リーダーを見ても、23名のリーダーのうち、19名が女性です。
私は猛者ばかりの応援部で青春を送った者ですが、やはり若い時は世の中は男性がリードしていくのが当たり前と思っていました。現実もその通りでした。ウーマンリブが姦しい時代もありましたが、刺身のツマのようなものと思っていました。

野田聖子さんが仰るように、規格大量生産・高度成長期は世の中はシンプルで男性が力任せに日本を引っ張っていくのが相応しい時代だったのです。 しかし、21世紀は当にダイバーシティ(多様性)、インクルージョン(全員参加)、サステイナブル(持続可能)な時代にしていかなければならないのです。 女子会の乗りでこの日本を引っ張っていくほうが、世界は日本を受け入れてくれるだろうし、私たち日本人は幸せな人生を送ることができるのではないかと思います。

OUEN塾の学生リーダーを見ていてそのように思います。
そんなことからも、図らずもOUEN JapanのOUEN塾は私を柔らか頭にしてくれたメンターであり可愛い子どもでもあります。

小林 博重

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『みらいを、つかめ』〜多様なみんなが活躍する時代に〜

本日、野田聖子さんが書かれた『みらいを、つかめ』〜多様なみんなが活躍する時代に〜を読みました。わたしが総理大臣になったら、という総裁選を視野に入れて出版された本ですが、野田さんの提言はなぜかOUEN Japan が目指すところと共通するものがあって、今の自民党には辟易している者ですが、買って読んでみたい衝動に駆られました。

野田さんは、ダイバーシティ(多様性)とインクルージョン(全員参加)とサスティナブル(持続可能)を3つの軸に、2040年までを見据えた政策を進め、「世界標準の国」日本を目指そうとされています。

〜日本は、「多様な個性を生かす」ことによってこそ輝けるステージに入っているとみられます。これまで規格大量生産で利益をあげてきた企業も、その製品やサービスに個性や独自性が求められる時代になっています。

女性、高齢者、障害者は、これまで政治や経済の本流では、まともに相手にしてもらえませんでした。しかし、今や、多様な個性の源泉というべき女性、高齢者、障害者が、貴重な戦力、「人財」として価値を生み出す時代なのです。これまでフェアではなかった制度を根本から見直し、みんなが伸び伸びと能力を発揮できるようにすべきです。

私は、これまで「ダイバーシティ」(多様性)と「インクルージョン」(全員参加)の重要性を申し上げてきました〜

〜東京一極集中がさらに進み、地方が衰退すれば、地域のかけがえのない個性が失われてしまいます。自然災害等のリスクも高まります。

東京に一極集中したほうが、経済が効率的になって望ましいといった意見も耳にします。しかし、それは、昔の成功モデルを引きずった考え方ではないでしょうか。地方の個性を生かした農林水産業、地場産業、中小企業、観光などが、これまで以上に価値を発揮する時代がすでに始まっています〜

OUEN Japanの学生リーダーは、図らずも23名のうち女性が19名、男性が4名です。女性が上、男性が下という上下関係ではなく、それぞれの個性を発揮して、理想を目指す活動をしていきたいものです。今までは男性がリードする社会だったかもしれませんが、これからは女性が表舞台に立つ時代になると思います。むしろ、女性が活躍するほうが男性の能力は生きるのです。

OUEN Japanの具体的イベントはOUEN塾ですが、これは学生が主体となって行うイベントです。参加者は日本人大学生と留学生は半々。男子と女子が半々。

リーダーを中心として、全員参加のイベントです。上から目線ではなく、私のことばで言えば、横から目線です。東大応援部の「応援の心」なのです。

野田さんは、「女性と地方が日本を救う」と仰っていますが、OUEN塾は地方都市で開催するイベント。元気な地方都市を益々元気に。その一助となるべく、OUENJapanは頑張るのです。

まずは地方で日本一元気な福岡市で。北九州市も巻き込んで、北九州地区の二大政令指定都市を元気にするお手伝いです。貧者の一灯ですが、先ずは始めることです。

次に、私のふるさと金沢/石川です。金沢も福岡に負けない学都です。旧制第四高等学校がありました。

二つのふるさと、福岡と金沢で私の二生(50歳〜100歳)は花開くのです。

小林 博重

群馬県上野村の黒澤元村長

昨日(8月12日)は、日航ジャンボ機が群馬県上野村の御巣鷹山に墜落(昭和60年8月12日午後6時56分)して33年の命日です。
乗員乗客524人のうち、女性4人を除き520が死亡するという航空史上最大最悪の大事故でした(私は、家族みんなと義父の千葉富津の別荘から帰ってくる時にこの事故が起こったので、今でもはっきりと覚えています)。

元三井物産常務で経営コンサルタントの守山淳さんが「日航ジャンボ機墜落事故で救難にあたった上野村村長を支えた海軍魂」と題してメールを送っていただいたので、改めてこの大事故に思いを致しました。

村長は黒澤丈夫さんと言って、太平洋戦争中は零戦隊を代表する指揮官で、終戦時は海軍少佐。
黒澤村長の事故への対応の鮮やかさ、救難指揮の見事さが話題になりましたが、それは彼の零戦隊長として生死の青春時代を送ったことによるものなのだと思われます。

黒澤さんの実体験を踏まえたお話は、当に心打つものがあります。

ついさっきまで笑いあっていた仲間がその直後の事故で無残な屍体となるのを幾度も目の当たりにして、「死」とは何か、生命とはそもそも何なのか、など苦悶しながら日々考えた。 自分なりに得た結論は、「私は父母の、おのおの個体としては限りある命を永遠につなげていこうとする生物の本能に従って生まれた、これは論理を超えた生物誕生の哲理だ。
この哲理から生まれた私が死を恐れるのは自然なことでそれ自体は恥じるべきことではない。ただ今後、軍人として国家の大事に際しては個体保存の本能よりも種族保存の本能が勝るよう死の恐怖を克服しなければならない。海軍ではまさにそのための修練を積むべきである。

また、昭和60年10月30日に天皇主催の秋の園遊会に招待された時、天皇陛下からお言葉を賜ったそうです。その時の黒澤村長のコメントに私は胸が詰まりました。

「事故の後はどうなっているか」というようなお言葉だったと記憶しています。私は思わず涙が出そうになってね、かろうじてお答え申し上げたんですが。陛下は我々からすると命がけで戦争を終わらせ日本の将来を救ってくれた方ですよ。戦争中私は軍人だったが天皇は神であるというような考え方にはついていけなかった。これは海軍の軍人ならみんなそうだったと思います。要は国民の塊が天皇と思えばいいんだ、その国家という依存すべき社会を守るために我々は戦うんだ、と。 陛下はほんとうに『私』ということをお考えにならない。接してみるとその人格が伝わってきて尊敬の念が自然と湧いてくるし畏れさえ感じます。
指揮官にしても政治家にしても人の上に立つ人の条件は『無私』ということ。もちろん私心が全くゼロでは生きられないし昭和天皇のようにはなかなかいきませんが身を捨ててでも周囲を助ける(援ける)気持ちがないといけません。海軍山本五十六大将、竹中龍造中将、大西龍治郎中将はそういう人だった。なかでも大西中将は特攻というあれだけもごい作戦をしてそれでも部下がついてきたのはそのせいですよ。逆に戦前の連合艦隊司令長官・永野終身大将など自分の故郷に錦を飾るために艦隊を土佐湾に入港させた、それだけで我々青年将校の信頼を失ったということもあったんです。
翻って、昨今の自治体首長や政治家を見ると、やれ賄賂だ、選挙違反だとあんなのが社会のリーダーだというのは情けないですよ。国会議員なんてクズ中のクズだ。総じて財界のほうが頼りになる。なんだって死ぬか生きるかの自由経済のなかで勝ち残っていく人たちだから。 私自身の目標として首長に必要なのは、私心がないこと、やる気があること、指揮統率力があること、その3つだと思っています。

平成17年、黒澤さんは91歳で任期切れを最後に村長を引退されました。
平成23年12月22日逝去。享年97歳。98歳の誕生日は翌23日でした。
12月23日は今上天皇の誕生日です(黒澤さんの誕生日でもあります)。天皇誕生日の祝賀気分に水を差してはいけないとの黒澤さんの深謀遠慮からなのでしょうか。 不肖私も黒澤さんのような人生を全うしたいものです。

小林 博重

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OUEN Japanの[OUEN塾]とプロボノ活 動

私のNPO[OUEN Japan]のOUEN塾活動は、私なりのプロボノ活動ではないかと思います。

プロボノとは?
社会人が自らの専門知識や技能を活かして参加する社会貢献活動である。ラテン語の「Pro bono publico(公共のために)」が語源。

プロボノはボランティア活動の一形態ですが、社会人が仕事を続けながら、またその仕事を通して培ったスキルやノウハウを提供するということから、参加のハードルが低く、継続しやすいメリットがある。

日本では欧米外資系企業を除き、認知度はまだ高いとは言えないが、社会企業家やソーシャルビジネスへの関心の高まりから、最近、IT・経理・広報・デザインなどの分野で、非営利活動を支援するプロボノ活動が見られるようになっているのだとか。

私は特に専門知識や技能を持ち合わせていませんが、長年培った人脈をベースに、人脈を無限大に大きく拡げていく、きっと他の人が真似ることができない得意技があると自負しており、それを私の「専門知識」「技能」ということができるのではないか。 その「『人脈のフル活用』という得意技を活かした社会貢献活動が私のNPO[OUEN Japan]のOUEN塾なのだとこじつけでもいいのではないか。

様々な社会貢献活動は、アメリカが起源のものが多く、日本の文化にはあまり馴染みのないもののようです。
私の場合は、たまたま私の個人会社のビジネスがきっかけで、日本人大学生や留学生の応援に関わることになったものです。
これが私のプロボノ活動であり、問題はこの活動が極めて属人的な私独自なものであり、私の生命が尽きれば終わってしまうものであるということです。 地道な活動を続けながら、半永久的な活動にするべく、並行して考えていきたいと思います。

小林 博重

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8月の福岡と北九州の出張を終えて

今日は福岡・北九州の8月出張の最終日です。

午前は福岡市国際部を訪問し、福岡との姉妹都市である釜山からの留学生をOUEN塾に参加いただくこと、北九州のリーダーが11名加わり、合計23名になったこと、協賛企業が30社を超え、第1回から倍増する見込みであることがアジェンダです。

OUEN塾の企画をスタートして3年以上が経ちますが、漸く自治体や企業や大学に認めていただくまでになってきました。
学生リーダーも並行して増えてきて、力強い限りです。

福岡から北九州へ、さらには金沢へと、質のみならず面的にも拡がってきました。
これを更に拡げていくためには、今の企画内容では難しいところがあり、OUEN塾およびOUEN Japanそのもののあり方も考えていく必要があります。

とは言ってもまずは福岡と北九州と金沢/石川を成功させ、学生主体のイベントとして確立することです。

4泊5日の出張を終え、心地よい疲れを感じながら東京への帰路につきたいと思います。

小林 博重

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21世紀は「女性の時代」

昨日は、福岡のOUEN塾リーダー5名とともに北九州市立大学を訪問し、北九州のOUEN塾リーダー候補12名にOUEN Japanと[OUEN塾in福岡・北九州]のプレゼンをしました。

その結果、11名(男子1名、女子10名)がリーダーを引き受けてくれることになりました。
東京は4名(男子1名、女子3名)、福岡は8名(男子2名、女子6名)です。地域活性化と国際交流を通して自らの将来(生き方、考え方)を考えるという、どちらかと言えば文化系的活動は女性が得意とする分野なのでしょうか。女子会的な乗りもあるのでしょうか。
リーダー23名中、男子は4名、女子は19名です。21世紀は当に女性の時代です。政財官学界全て、女性活用に遅れを取っている日本ですが、OUEN Japanは時代の先頭を走っている感があります。

男女平等を考えてみるに、男女が同じことをすべきというのが男女平等ではないと思います。スポーツ競技も男女が分かれています。男女の性差があるのでそれは当然ですが、そのことは全てに言えることです。
私は、人は得意技を持って勝負することが幸せな人生を送ることができると確信しているものです。世の中のお固い頭の偉いさんは、そんな当然なことが分からず、セクハラやパワハラをしているのが日本です。少し賢い偉いさんは、表現に気をつけて、腹のなかはそうでないが口先だけは分かった振りをしています。 心から分からなければ日本は変わりません。東京大学の入学生が定員3,000名強に対し女子が600名強なのはそれを象徴しています。

アマチュアボクシングの某前会長は、男のケジメとか面子とか、いやに男男男とまるで自分が男の中の男のように思っている風がありますが、私に言わせれば、それは男の風上にもおけない腐った男です。ヤクザはホントの男ではありません。

女性を如何に活かすか、という言い方もそうでしょう。女性を上から目線で見ているのです。
できるだけ早く、人間が得意技で勝負する、勝負できる時代にしなければならないと思う今日この頃です。

小林 博重

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「若戸大橋」の思い出

昨日は午前は福岡市(九州北部信用金庫協会〜三好不動産)訪問でしたが、午後は北九州市(福岡ひびき信用金庫〜ゼンリン〜シャボン玉石けん)を訪問しました。
ゼンリンは戸畑区、シャボン玉石けんは若松区。洞海湾を挟んだ両岸にあり、JRで戸畑から若松に行くには折戸まで戻る必要があります。そのため、戸畑と若松を結節するため、洞海湾に若戸大橋を架設し、若戸トンネルを開設したのです。

若戸大橋が架設されたのは昭和37年です。日本が高度成長真っ盛りの時代です。
私は小学生で、社会科の授業で京浜、中京、阪神、北九州と太平洋ベルト地帯の四大工業地帯を学びました。
北九州市は昭和38年に八幡・小倉・門司・戸畑・若松の5つの市が合併してできた日本で最初の政令指定都市です。当に北九州市は高度成長の申し子のような存在だったのです。「若戸大橋」と「北九州市」の2つの固有名詞は、小学生の私の脳裏にはっきりと刻み込まれたことを思い出しました。

その「若戸大橋」を、その名前を記憶した時から半世紀以上経って、タクシーで渡りました。私にとって、憧れの「若戸大橋」でもあります。昨日、初めて「若戸大橋」を渡った時、なぜか、小学生時代に戻ったような懐かしい感慨を味わったのです。不思議な感覚でした。

福岡市でOUEN塾を立ち上げるのに3年の月日を要しました。福岡市にはそれなりの思い入れがあります。
それとは違う意味において、北九州市にもこんな思い入れがあるのだなと。
[OUEN塾in福岡・北九州]の両市にはそれぞれ思い入れがある都市なのです。
何か事を成すには、そんな思い入れが大切なのだと思います。「何事も思えば叶う」と申します。まずは思うこと想うことなのです。

今日は、福岡の学生リーダーたちと共に北九州大学を訪問し、北九州の学生リーダーとの合同MTGです。
同じ思いで[OUEN塾in福岡・北九州]に取り組みたいと思います。そのスタートです。
私の思いが少しずつ形になってくる。学生リーダーの皆さんに感謝感謝です。
東京と福岡と北九州の学生リーダーの皆さん、ありがとうございます。

小林 博重

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