柳井正社長のインタビュー

NHKの「おはよう日本」にファーストリテイリングの柳井正社長のインタビューを放映していました。

•社員は「自分が社長だったらどうするか」と思って仕事をすべき。
•上司を見て仕事をするな。顧客が何を求めているか、顧客ファーストの仕事をするべき。
•自分はエベレストに登る。社員はまずは500mの丘に登れ。登るとつぎは1,000mの小山に登りたくなる。そして少しずつ高い山に登っていってほしい。 •座右の銘は「破壊と創造」

大企業の社員は多かれ少なかれ安定志向です。公務員と似たり寄ったりのところがあります。
21世紀の成長する企業のビジネススタイルは、
•他との差別化を極めた個性化企業が、
•別分野で同様な差別化企業とのコラボレーションにより、
•顧客志向を極める
ことだと思います。

自分自身を知り、自分のキャラクターを最大限に活かすことにより、信頼できる仲間との協働して、ミッションを果たすことです。

小林 博重

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反面教師と一日の反省

•自分が人からどのように見られているか分かっていない。
•自分が「人徳がある人」と思っており、人にも「私は人徳がある人だ」と恥ずかしげもなく言う。
•言っていることは間違っていないのだが、素直に聞くことができない。
•言外に「自分は苦労人であり、酸いも甘いも分かっている。言うことを聞け」と言っている。
•言外に「自分は影の実力者であり、人脈は幅広いものがある」と言っている。
•会社の金を使っているのに、まるで自分の懐からご馳走していると言う素ぶりを見せる。

反面教師
人のふり見て我がふり直せ

私も人にそのように見られていないのか、素直に自分を表現できているか、謙虚に振舞っているか等。
今日は、自分の今日の言動を見つめ直し、きちんと反省しようと思った一日でした。

小林 博重

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保守と革新

仕事がらさまざまな規模の企業の役職員の方々にお会いします。感じるのは人に人格があるように企業にも企業格があると言うことです。

政党には保守と革新があります。基本的考え方として、現状を維持していくか変えていくかですが、大切なことは「不易流行」です。 決して変えてはならないレーゾンデートルは何があっても死守するべきであるが、時代の変化に対応して変えていくべきことは果敢に大胆に変えていかなければならない。

しかし、得てして大企業は保守であり、これからと思われる企業であってもそれなりの有形無形の財産ができると保守的な考え方になってしまうのです。起業家精神があるオーナーやサラリーマンであっても起業家精神がある経営者はそうではないと思うのですが、ほとんどのサラリーマンは保守に傾いてしまいます。そのほうがリスクはない。稟議書を書くにしても面倒な説明をしたくない等。

大中小に関わらず完全な企業はないのですから、もっと上のレベルを目指し果敢大胆にチャレンジしていく姿勢を持ってほしいものです。そのほうが面白いし、会社も個人も成長するし幸せになるのだと思いますが。これも自らを守る人間の本能・本質なのでしょうか。やはり、理性を本能にまで高め、チャレンジ精神を持つことが本能になるよう、念じ行動していかなければならないと思います。

小林 博重

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利他の心を本能にまで高める

人がこの世に生まれてきた意味は?・・・・・・。
稲盛和夫さんがいつも仰っている「世のため人のために尽くす」ことです。私は、これは絶対真理だと思います。
しかし、この世は魑魅魍魎の世界。利己に固まった輩も善人と同様にいるわけですから如何にして魑魅魍魎と戦っていくのか。戦いに勝利しなければミッションを果たすことはできません。

魑魅魍魎は利己の塊です。人間に本来備わっている本能で生きています。本能ですから何か事が起きた時の反応は光速です。
それに反して利他は人間の理性ですから、どうしても一旦立ち止まって考える時間があり直ぐ反応することはできないのです。光速に対して音速と言ってもいいでしょう。 それでは勝負に勝つことはできません。

利他の心を本能にまで高めて、反応の速度を音速から光速にアウフヘーベンする裏技が不可欠です。そのためには、有意注意から無意注意にギアを切り替える一工夫をしなければなりません。 運転が上達するとは、初めは意識的にしていた運転動作が無意識にできるようになることです。その無意識運転を「利他の心」に植え付けるのです。

毎日、利他利他と口が酸っぱくなるまで唱えて行動するのです。さすれば、利他の心は無意識になり本能にまで高まり、アウフヘーベンした利他の心は、魑魅魍魎と戦って勝利を手にすることができるのです。

小林 博重

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残暑を乗り切る

今日から24日(木)まで3泊4日で福岡に出張します。7:25発のJAL305なので少し早いのですが青山事務所を5時20分過ぎに出ました。
新橋から京急線に乗って泉岳寺で乗り換えて羽田空港行きのエアポート快速に乗車しました。特急ではないのに品川の次は羽田空港です。途中駅は全て停車しません。初めて乗りました。いつも羽田空港行きは京急線を利用しているのですが、知らないことが山ほどあると言うことです。 こんな些細なことからも「人間の無知」を知らされます。すなわち「謙虚に生きる」ことが生き方上手だと言うことです。

【OUEN 塾in福岡】は、イベントの中身を決める期限が最終時期に迫ってきました。10月から福岡の学生リーダーの具体的活動がスタートしますので9月末には協賛企業を固めなければなりません。 8月の出張を踏まえて、再度、趣意書・修正事業計画書・協賛企業募集要領を各企業にお送りする予定です。

2年間以上に亙り福岡の企業を訪問していると、いくつかの企業とは深い信頼関係ができたと感じます。
また、人は利だけで動くものではないことを自らの言動で確認することができるのです。
やはり、人間は実体験を伴ってこそ意思はますます固くなるものなのだと思います。

昨夜は神宮外苑の花火大会がありました。外苑前駅は、浴衣姿の若い女性で立錐の余地もありませんでした。
Map&OUEN Japan の青山事務所は外苑前駅徒歩1分のビルの10階ですので、真正面に外苑の花火を見ることができます。妻に声を掛けて2人で花火を楽しみました。

夏の終わりにしてはまだまだ酷暑が続きます。少し夏バテ気味ですが、心身をリフレッシュして後1ヶ月の残暑を乗り切りたいと思います。

小林 博重

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ナオライ(株)を応援する

昨日、JR東京駅中にある東京ステーションホテルB1の「しち十二候」で、ナオライ(株)が主催する『MIKADO LEMON 試飲会』があり、私のパートナーの方々と参加しました。

ナオライの社長は三宅絋一郎さんです。瀬戸内海に浮かぶ三角島で栽培したオーガニックレモンを原料にして、父上が経営する(株)三宅本店(広島県呉市本社。創業安政3年=1856年。清酒千福醸造元)に醸造を委託して生まれたスパークリングMIKADO LEMONを日本および世界に広めていこうとしています。また、減少する酒蔵を活性化して地域活性化に繋げようと模索中とか。

昨今、焼酎はアルコール飲料としてはメジャーになっています。それに比して日本酒は一時期の地酒ブームが尾を引いているとは言え、日本の酒蔵は減少の一途を辿っています。創意工夫を重ねることで日本酒の復活は勿論ですが日本酒で地域活性化ができれば、当に一石二鳥と言うものです。 それには、若い力、柔らか頭、ベンチャースピリットが不可欠です。
また、経営者は周囲の人たちに「この人の想いを実現させよう」と思わせる人格を持ち合わせていなければ決してビジネスは成功しないと思います。

三宅社長は弱冠31歳の若い経営者です。そのパッションは素晴らしいものがあります。何よりも素直で謙虚なお人柄とお見受けしました。生まれ持った、幼少期の育った環境からもあるのでしょう。滲み出る品の良さがあります。

Mapビジネスは、私が持っている人脈と私のキャラクターをフル活用することによって、志高い経営者の夢の実現をサポートすることです。 その応援のポイントは、
(1)経営者が心清い純粋さを持っているか。
(2)ビジネスモデルが大きく成長する可能性が垣間見えるものであるか。
この二つです。第1は(1)、第2が(2)です。

ちょっと、ナオライ(株)を応援=OUEN してみたいと思いました。

小林 博重

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人生の勝負は後半戦にあり

郡山史郎さんが書いた2冊目の本を読みました。「九十歳まで働く!〜こうすれば実現できる!〜」(WAC)です。郡山さんは素晴らしいキャリアをお持ちで、ソニー常務〜関連会社社長を務めたエリートです。1935年生まれですから私より18歳年上の82歳です。今も現役で通勤電車を利用しているとか。

私は、人間、肩書きがあまり偉くなり過ぎると老後の人生は青壮年時代と比して思いの外侘しいものになると思うものですが、このような考え方のエリートもいるのかとちょっとエリートを見直しました。

人生100年時代を考えると、20歳で成人して残り80年の人生があります。生涯現役はこの80年間を「世のため人のための尽くす仕事をする」ことになるわけです。そのためには健康でなければなりませんし、円満な家庭生活を送ることや、人との和を大切にしてお互いが協力・協働できる関係を構築することが大切です。
そして、65歳になるまで関連会社に籍を置いて、65歳から年金をフルに貰い悠々自適な老後を過ごすという、人生80歳時代の生き方から完全に脱却して新しい生き方の哲学を持たなければ、幸せな生涯は送れないと思います。

80年の仕事人生を60歳還暦までの40年間と、61歳から100歳までの40年間に分けると人生設計は分かりやすいのではないでしょうか。
ほとんどの人は、特に上昇志向が強い人は、前半の40年間を仕事一筋に走り抜けるのですが、それの終点である還暦が上がりだと思ってしまうのです。若い頃、私は、前半戦で勝負がつくと思っていたのですが、還暦になってみると「人生の勝負は後半戦にあり」だとの実感を強くするのです。これからが勝負の後半戦だと言うのにほとんどの人は疲れ果て、世のため人のための尽くすと言う天から与えられたミッションは頭の片隅にも持っていないのです。

私の個人会社Mapは私一人の会社ですが、Mapの社員は私が親しくしている人びと全てと思っているのです。学生や留学生の応援団であるOUEN Japan は、これからの日本・世界を背負っていく若者を応援していくNPOであり、世のため人のために尽くす事業です。私は若い彼らに刺激され若さを維持できるメリットもついています。

当に「人生の勝負は後半戦にあり」

100歳を過ぎた後はもっと先に考えることにして、とりあえず100歳までの現役時代を生き抜く人生設計を構築することにします。

小林 博重

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人生、最後まで気を抜かないで走り続ける

「100年時代の人生戦略」を自らに置き換えてみると、私の人生は行き当たりばったりで、私の友人たちの中では最も思慮の浅い選択の連続だったと思うのですが、運がいいというのか人に恵まれているというのか、立ち位置としてはまずまずのところにいるなと感じています。
もし、44歳で一本道のサラリーマン人生におさらばしていなかったら今の好位置はないと思っています。サラリーマンは遅かれ早かれ退職という自らが決めることができない壁があります。私が銀行の人事部にいるとき、60歳代前半のOBで鬼籍に入る人が何人かいらっしゃいました。会社一筋と自分が思うほど会社は社員を大事にしてくれません。頼りにすることが間違っているのです。
収入や肩書きという有形資産よりもやりがいや生き甲斐という無形資産を持っていないことが大きいのだと思います。サラリーマン一筋、会社一筋の人生はよっぽど自分が意識していないと侘しい人生になるような気がします。

昭和30年代後半に、植木等は”サラリーマンは気楽な稼業ときたもんだ”と歌いましたが、特に上昇志向が強いサラリーマンにとって、サラリーマンは決して気楽な稼業ではありませんし、人生100年時代になれば、それこそサラリーマンには惨めな老後が待っている、”サラリーマンは過酷な稼業ときたもんだ”なのです。

今のところ、私は結果オーライで一本独鈷の人生ですが、これから100歳までの35年間を如何に戦略的思考で以って人生を送るかが、人間の価値を決める勝負であり、我が人生を幸せなものにするかどうかなのです。

これも妻のおかげ、子どもたちのおかげ、私をサポートしてくれる数多くの皆さんのおかげなのだと思います。
よくどうしようもない自分を支えてくれたと、本音でそう思うのです。

これからの35年、45年、55年は、そのお返しをする期間だと思っています。

小林 博重

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高校同期会に思う

9.16に金沢大学附属高校22回生(昭和46年3月卒業)の関東同期会を1年ぶりに開催します。昨年は卒業45周年でしたので、約半数の70名が参加しました(5年毎に金沢か東京のどちらかで開催しています。40周年のときは金沢でした)。
いつもの定例の同期会は15名程度の集まりになるのですが、今回は7.29に八田峰夫君が事故死されたこともあり、金沢・富山・名古屋からも参加されます。昨日現在で21名の参加。もう少し増えるかもしれません。

還暦を過ぎ、早いもので5年が経ちました。あっと言う間の5年間でした。歳を重ねると時間の観念は若い時より短く感じるものなのでしょう。100歳まで生きるとして後35年です。35年前と言えば私は30歳。銀行で日夜採用活動に走り回っていました。22〜23歳の大学4年生と人生を語り合い、一緒に働かないかと、当に青春真っ只中の充実した30代前半でした。
あっと言う間の35年間でしたが、今はもっと若い18〜21歳の大学生や留学生が相手です。大学生からは「団長」と呼ばれて、東京大学応援部時代を思い起こし20代前半に戻った気持ちになります。この点では同期に比べ、私は恵まれていると思います。

65歳の同期が集まると、早逝した同期の話や、あと何年同期会ができるか、あと何年生きるかとか、親御さんの介護で苦労をしているとか、の話になります。 なかなか「人生100年時代を生涯現役で明るく逞しく生きる」前向きな話にはなりません。

あと最低35年間の人生があるのだ、そのためには心身の健康に留意することが今まで以上に大切だと、元気になって次回の同期会を楽しみにする同期会でなければと思います。

それにしても小池百合子さんは私たち同期の見本ですね。ピンピンコロリ(PPK)人生を目指して心身を鍛え直したいと思います。

小林 博重

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信頼できる人間関係が100年人生を素晴らしいものにする

「ライフシフト〜100年時代の人生戦略〜」(リンダ・グラットン、アンドリュー・スコット著。池村千秋訳。東洋経済新報社)は示唆に富む好著です。ベストセラーになるのも宜なるかなと思います。

その中から、第4章 見えない資産/お金に換算できないもの からの抜粋です。

投資銀行のアナリストの成績が同僚ネットワークに大きく後押しされているということとだ。その効果は、チームのメンバーが信頼しあい、互いの評判を大切にしているとき、ことのほか大きい。それを裏付けるように、アナリストが移籍しても成績が落ちなかったり、むしろ上昇したりしたケースはほぼ例外なく、チームのメンバーと一緒に移籍していた。しかし、会社を移った花形アナリストの多くは、チームのメンバーと切り離された結果、「スター」どころか「流れ星」のようになり、新しい職場でたちまち輝きを失う。
強力な人間関係を築いている人は、他の人の知識を容易に取り込み、自身の生産性を向上させ、イノベーションを促進できる。高い信頼性と評判を持つ人たちと緊密な協力関係を築くことにより、自分が個人で蓄えているよりずっと広い知識と見方を得られるのだ。そのような人間関係は、他人と協働して働くための豊かな土壌を生み、さまざまな見方を組み合わせる機会を作り出す。なかでも重要なのは、小規模な仕事仲間のネットワーク、それも相互の信頼で結ばれたネットワークである。

私はまもなく65歳になりますが、今まで生きてきたということは同期の半数が100歳以上まで生きるということだとか。
「教育→仕事→引退」という古い3ステージの生き方では、私は35年以上の余生を送る確率が50%はあることになります。

私は一本独鈷の人生を選択しました。すなわち、この3ステージ型仕事人生にきっぱり別れを告げて独自の道を歩いています。「生涯現役」が100年時代の最高の人生戦略だと思うものです。

そのポイントの第一は「自分を客観視すること。自分自身を知ること」だと思います。自分の得手不得手を知ることにより信頼できる仲間に不得手をカヴァーしてもらうことではないかと思います。 その信頼できる仲間は同年代は勿論ですが、子どもや孫のような若い力であることが不可欠だと思います。
OUEN Japan はその意味でも、私にとっては「若返り」の特効薬なのです。

小林 博重

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